教えて!『指数将軍』その7
ETFで市場全体を売り買いできる!
これまで、指数自体の紹介、時価総額指数の計算方法と役割、機関投資家と資産運用会社がどのように時価総額指数を使っているか、について説明してきました。ようやく、ここからETFについて議論を進めましょう。
過去に行われた米国の金融研究によると、ランダムに銘柄を選んでポートフォリオに採用する銘柄数を徐々に増やしていくと、銘柄数が増えるにつれて分散効果が働いて個別銘柄に特有のリスクは消えていき、残るのは市場全体のリスク(=市場リスク)だけになることが分かっています。だいたい30銘柄ぐらいを超えると市場リスクだけが残ることが分かっています。
単純化した話をすると、株式を保有する投資家は2つのリスクを負うことになります。一つが市場リスク、もう一つが個別銘柄リスクです。1銘柄に投資するとこの2つのリスクを負うことになるのですが、銘柄数を増やしていくと個別銘柄リスクは徐々に低減します。これが分散効果です。
多くの株価指数は数百銘柄以上を対象に計算されているので、充分な分散が達成されています。つまり株価指数は市場全体のリスクを表しており、そのために株式市場の指標と認識されています。
また、先ほどの話通り、だいたい30銘柄以上になると分散効果が実現しますので、最初の回で説明した通り、日経平均(225銘柄)でもTOPIX(1,400銘柄以上)でも、短期的にはほぼ同じ動きをします。従って、どちらの指数も市場リスクを表していると言えます。専門的には株式投資リスクをする際に、他のリスク要因(業種・規模等)も存在しているのですが、まずはETFとのつながりを説明するために、ここでは割愛します。
さて、ETFのメリットに直接つながる話になりますが、ETFの良いところはこの株価指数のリターンとリスクをほぼそのまま投資家が獲得することができることです。つまり、投資家は、個人投資家でも、ETFを使えば市場全体を自由に売り買いすることができるのです。
これは非常に大きなメリットで、ETFが普及し始めた2000年以前はまず考えられなかったことでしょう。(古い話ですが、80年代頃にある投資家が証券会社の店頭で「日経平均を下さい」と言ったという笑い話がありました。当時はETFが存在していなかったため、これが笑い話だったわけですが、現在はETFを使って何の苦も無く日経平均を売買することが可能です。)
では、市場全体を売り買いすることができるようになったことの何がメリットなのでしょうか? 2つのケースをご紹介しましょう。
①とりあえず日本を買っておく
ある日突然、海外での政治リスクが大幅に改善する見通しが立ったとします。欧州のポピュリズムでも良いでしょう。投資家が心配していたそういうリスクが突然解消し、不安要因が大幅に軽減することが分かりました。とりあえず株式投資家としては「買いモード」です。
では何を買うのか。
気になっている銘柄が以前からあればそれを買うというのも方法ですが、本当にそのニュースで一番メリットを受ける銘柄が何かはまだ分からない。そんな時に、「もう少し影響を見極めよう。その上でどれに投資するか決めよう。」というスタンスを取るでしょうか?
ダイナミックな考え方としては、「政治リスクがなくなるのでリスクオンになりそうだ。円安になって輸出中心の日本経済全体も好影響を受けそうだ。」となります。
こういう時に「じゃあ、とりあえず日本を買っておこう」という行動を取れるのがETFの良いところです。日本に上場している日経平均でもTOPIXでも、あるいは米国に上場しているMSCIジャパンのETFでも構いません。今までに説明した通り、どの指数も基本的には日本市場全体のリスクとリターンを再現しているので、どれを買っても大して変わりません。
さて、これを投資信託と比較してみましょう。
こんな時、窓販の投資信託の場合、ETFとの比較では機動性に欠けます。政治リスク解消のニュースを見たのが夜のニュース番組だった場合、翌日の朝に証券会社や銀行に行って株式投信を買っても、約定するのはその日の夕方の基準価格です。投信は一日に一回しか売買できないため、日中の相場変動が織り込まれた後での購入になってしまいます。
これに対し、ETFの場合、夜中にニュースを見てネット証券でそのまま翌日の寄付きで発注しておくことができますし、米国市場でリアルタイムで購入することさえ可能です。この機動性・グローバル性がETFの面白さであり、大きなメリットです。
それから数日間ニュースをフォローして、あなたは、実は今回のニュースから最も大きなメリットを受けるのがC商社だと思ったとします。その時になってETFを売却してC商社株を買っても良いですし、ETFを売らずにC株を買っても良いでしょう。どちらにしても、「株の上昇」はETFできっちり獲得しているので、「タイミングを逸したので、今からC株を買うのは遅いのではないか」などと、従来から株式投資家を悩ませてきたタイミングの悩みからは解放されます。
このように市場全体に影響を与えるようなニュースが出た際に、とりあえず個別銘柄分析をするまでの間、機動的に市場全体を売買できるのがETFの第一のメリットです。
②市場リスクをヘッジする
先ほどの株式投資リスクの話に戻ります。株式投資をする際には、個別銘柄リスクと市場全体のリスクの2つを抱えます。その際に、もし市場全体のリスクをヘッジ(回避)できるとしたらどうでしょうか?
例えば、あなたがA薬品株式を所有しているとします。相続したものかもしれませんし、あなたがA薬品に勤務していて自社株として持っているかもしれません。いずれにしてもあなたがA薬品株を持っており、それが結構高い配当金を出しているとします。配当金がちょっとしたお小遣いになるので、あなたはA薬品を売るつもりはありません。
そこへ欧州発で、今度は悪いニュースが出てきたとします。日本経済が悪影響を受ける(あるいは投資家心理が悪化する)ので、相場が下落しそうです。市場が下落すれば多くの場合はA薬品もそれなりに下落するでしょう。先ほどの話通り、A薬品投資を通じて「市場リスク」と「個別銘柄リスク」を負っているので、市場が下がればA薬品も下落する可能性が大です。
これまでは、A薬品の株価下落は止むを得ないものとして「持ち続ける」か、A薬品の株価下落が嫌なので泣く泣く「売却する」か、のどちらかしかありませんでした。ここでETFの登場です。
日経平均ETFを空売りしてはどうでしょうか? A薬品の株価が下落しても、ETFの空売りで儲けられるので、株価下落の損失を相殺しながら、今後もA薬品の配当金を受け取ることが可能になります。もちろん、いくら空売りすれば良いのか、しっかり計算しなければなりませんが、ETFを空売りしておけばA薬品の損失を緩和することができそうです。
自然な疑問として、「でも、市場が下がらなかったらETFの空売りで損するじゃないか」と思われると思います。
その通りです。ただ、ETFの空売りでは損をしますが、A薬品株が上がっているので、それはそれで相殺することができそうです。最終的に損の方が大きくなるのか、利益の方が大きくなるのかは分かりません。相場次第と言えますし、ETFの株価変動とA薬品の株価変動の大きさの違いにもよります。
筆者は、この2番目の使い方が、今後多くの株式投資家に広がってもらいたいと思っています。
なぜなら、非常に有効な「インバース型」というETFが登場したからです。これは指数と逆の動きをするETFで、ショート型とも言います。
市場が下落しそうだと思った場合、このインバース型ETFを「買う」と、実際の相場が下がった際にこのETFの価格は「上昇」します。これまで個人投資家がなかなかできなかった「空売り」の心理的ハードルを大幅に下げ、もっと自然に売り立てることができるようになると思います。
この運用手法は、本質的にはヘッジファンドが使う「株式マーケット・ニュートラル戦略」に他なりません。ETFの品揃えが増えたおかげで、これからは一人一人の個人投資家がヘッジファンドのように、市場下落さえも利益機会ととらえられるようになります。これは革命的とも言える発展だと思います。
(指数将軍)