新紙幣:日銀は損する?20年に一度と人選の理由。2,000円札空振りからの学び

提供元:楽天証券(トウシル)

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※この記事は2019年4月26日にトウシルサイトで公開されたものです。

4月9日に新しい紙幣と500円硬貨の発行が公表されました。新元号発表の翌週というタイミングにしても、紙幣の肖像にしても意表を突かれた方が多かったのではないでしょうか。今回は紙幣を巡るトリビアと、あるシナリオについて述べたいと思います。

「改刷」のタイミングは決まっている?

日本銀行券(紙幣)のデザインを変更して、新しい紙幣を発行することを「改刷」と言います。印刷する紙幣を改めるという意味です。新聞などでは紙幣刷新という表記が多く、日本銀行の公表資料では改刷のほかに改札(お札を改める)が使われることもあります。一般には改刷という単語は定着していませんが、ここでは折角の紙幣の話なので、「改刷」を用いたいと思います。

改刷は約20年に一度のペースで行われています。1984年11月1日に1万円札・福沢諭吉、5,000円札・新渡戸稲造、1,000円札・夏目漱石が発行され、2004年11月1日に1万円札・福沢諭吉、5,000円札・樋口一葉、1,000円札・野口英世の紙幣が発行されました。

日本銀行は紙幣を発行していますが、デザインを決めるのは財務大臣、紙幣の印刷や原版の製造は独立行政法人国立印刷局が担っています。日本銀行は国立印刷局から紙幣を物として購入し(1枚20円程度のようです)、それを現金(銀行券)として紙幣の額面で発行しています。

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紙幣刷新で日銀は儲かる?損する?

差し引きで日本銀行がかなり儲けるように思えますが、日本銀行は金融機関が預けた日銀当座預金からの引き出しに応じて銀行券を発行するため、金融機関と日本銀行では同額の交換になり利益は出ません。むしろ、紙幣を印刷局から購入する費用が負担になります。

では、日本銀行はどうやって利益を得ているのかというと、銀行などの金融機関から国債等を購入して、利子を得ています。最近では、ETFの配当金も増えています。購入した金額(資産)と同じ額だけ当座預金(負債)が増えるので、購入しただけでは利益は生まれず、利子や配当が通貨発行益(シニョリッジ)になります。

紙幣のデザイン決定は財務大臣なので、改刷には時の大臣の想いが反映されることがあるようです。2004年の改刷は2002年8月に公表されたのですが、小泉純一郎首相も塩川正十郎財務相も慶應義塾大学出身。当時、福沢諭吉が1万円札の肖像に続投した理由が取り沙汰されました。

実業家・渋沢栄一になったのは、意外だった

公式には、「発行枚数が一番多い1万円札の肖像は見慣れた顔が良い」という趣旨でしたが、信じていない方も多かったと思います(私自身もそうです)。現在の1万円札の発行枚数は約1.6倍になっていますし、改刷の報道まで渋沢栄一の顔をご存じない方もいらしたと思いますので、やはり当時の公式見解は苦しい気がします。

実業家が紙幣、しかも最高額面に選ばれることは世界的にも珍しいです。米国100ドル札のベンジャミン・フランクリンは事業で成功し、発明家の顔を持つとはいえ、政治家としての業績で採用されました。渋沢栄一も多彩な顔を持ちますが、第一国立銀行(合併等を経て、現在のみずほ銀行)などを設立した実業家として知られています。麻生太郎財務相らしいセレクションと言えそうです。

デザインは公表されましたが、今後、細部が詰められていく予定です。現在発行している紙幣の作製方法を踏襲するのであれば、国立印刷局に勤める工芸官が背景の幾何学模様を除き、紙幣の原画を手書き・手彫りして原版を作成します。

虫眼鏡でないと確認できないマイクロ文字も手彫りです。工芸官は1mm幅に10本以上の線を彫ることができると伺ったことがあります。改刷に向け、印紙や証紙などの原版を作りながら、日々、腕を磨いているそうです。

改刷が約20年に1度なのは、工芸官の技術継承を確実なものにするためでもありますし、各種の作業や手続きを知る方の知恵を伝えるためと言われています。偽造券が増えなくとも、30年経ってしまうと、20代で改刷に関わった方は50代になります。

現場から離れている方もいれば、退職・転職される方も増えます。バラバラに改刷したのでは、ATMやレジ、自販機などの改修コストがかかり過ぎるので、一斉に20年周期で改刷することは理に適っています。

2,000円札発行の裏事情と空振りの理由

2,000円札は2000年の沖縄サミットを記念して2000年7月19日に発行されました。2,000円札を発行すると公表したのは、前年の1999年10月29日(約9か月前)。小渕恵三首相の発案で、宮澤喜一大蔵相が決定しました。

沖縄サミットは7月21日から23日。サミットの開催日に合わせなかったのは、21日が金曜日で金融機関の繁忙度が高いから、開催日直前に2,000円札を発行してお祝いムードを醸成しておきたかったからなど諸説あるようです。前日は海の日で祝日。発行日の19日(水)は大安でしたので、そこに合わせたのかもしれません。

2,000円札の発行には、日本銀行の論文や日銀OBのテキストが理論的な後押しをしたようです。当時、5,000円札に比べて1,000円札があまりにも多かったので、紙幣の製造コストを抑え、利便性を高めるには2,000円札の発行が理論的には望ましいという議論がありました。2,000円札があれば、9,000円も8,000円も紙幣3枚の組み合わせで済むという利便性もあります。

欧米主要国でも紙幣の種類(券種)は5~8種が発行され、発行枚数もバランスが取れていましたので、2,000円札が発行されれば、発行枚数の偏りが是正されるとの期待がありました。日銀OBで慶應義塾大学総合政策学部の岡部光明教授(当時)が著した『現代金融の基礎理論』(日本評論社、1999年)の該当箇所のコピーが関係者に出回ったと聞いています。

その後の2,000円札の経緯はご存知の通りです。2004年の改刷を機に、自販機やレジが改修されるので、2,000円札も使われるようになるだろうとの関係者の思いは空振りに終わりました。改修は進んだのですが、個人の習慣を変えることはできませんでした。官民挙げて2,000円札の普及に努めた沖縄県では流通していますが、2024年の改刷では今のところ2,000円札は見送られる方針です。

かつてなく早い改刷公表と長い準備期間

2,000円札は公表から発行まで9カ月足らずの異例の短さでしたが、2004年11月1日の改刷は2002年8月2日に公表されており、新紙幣の発行まで2年3カ月です。今回は2024年度上期に新紙幣の発行が予定されているので、従来よりもかなり早い5年前の公表になります。

この時期の公表について、麻生財務相は「たまたま改元と重なった」と述べていますが、5,000円札の津田梅子の肖像が左右反転したままになっていたりと、ドタバタしています。2024年度上期という発行時期も珍しく、1958年発行の聖徳太子の1万円札は12月1日、それ以降の紙幣は2,000円札を除き、11月1日に発行されています。

1月の連載記事で述べましたが、12月末が一年で最も発行残高が多くなります。年末年始の買物のほか、お年玉のための現金需要があるためです。新紙幣への切り替えを促しつつ、金融機関等の事務負担平準化を考えると11月1日というのは悪くない日付です。

また、11月11日は渋沢栄一の命日・青淵忌(せいえんき)にあたり、11月は渋沢史料館(東京都)や生誕地である埼玉県深谷市などでイベントが開催されています。新紙幣を盛り上げるには11月が格好だと思いますので、発行時期の後ろ倒しに期待したいところです。

 

(たくみ総合研究所 代表 鈴木卓実)

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