2030年までに50カ国で1億人へサービスを提供する

五常・アンド・カンパニーが目指す「民間版の世界銀行」(後編)

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「民間版の世界銀行」を目指し、2014年に設立された五常・アンド・カンパニー。同社のメインビジネスは、アジアを中心とした途上国での“小口融資”だ。主に低〜中間所得者層の個人事業主や中小零細企業を対象に、少額から事業性の資金を貸し出している。詳しい内容は、前回の記事で触れた。

そんな同社は、高い債権の質を維持するために人と人との関係やつながり、ヒューマンタッチの工夫を取り入れて、低い延滞率(返済が滞る割合)を維持しているという。

一方でテクノロジーも積極的に導入し、スムーズかつ迅速に融資や返済ができる仕組みも構築している。これも、延滞率の低下に関係しているだろう。

今回の後編記事では、彼らが実践する「ヒューマンタッチ」と「テクノロジー」の工夫について、五常・アンド・カンパニー CFOの堅田航平氏に聞いていく。

二宮金次郎にもつながる、延滞を防ぐ「ヒューマンタッチ」

同社が行う小口融資は、「グラミンモデルがひとつのベースになっている」と堅田氏は言う。グラミンモデルとは、バングラデシュのグラミン銀行が作り出した小口融資の方法。1983年に創設されたグラミン銀行は、従来の金融機関がサービスを提供出来なかった低所得者層に向けて、規制を受けていない街の貸金業者とくらべると低金利で小口融資を行い、低い延滞率を実現して注目を集めた。2006年には、その活動が評価されてノーベル平和賞を受賞した。

そのグラミンモデルをベースとした、五常グループをはじめとするマイクロファイナンス機関の取組みは、人との関係がカギになる。ポイントは大きく2つあるようだ。1つ目は、お金を貸す場面での工夫。

「金融機関が個人にお金を貸し出す場合、日本なら調査機関やデータベースを使ってその人物の経歴、源泉徴収票などを調べ、貸せるかどうかの与信判断をします。しかし、途上国は調査機関やデータベースが未成熟、もしくは存在しないケースが多々あります。そこで私たちは、融資を希望する人同士でみずからグループを作ってもらいます。おおむね3〜5名ほど。そして、グループメンバーがお互いに債務保証する形を取ります。定期収入がある親戚に保証人になってもらうケースもあります」

つまり、グループの全員で共同返済するイメージ。基本的に自分の借りた分のみ支払うが、もし誰かが返済できない場合は、メンバーが弁済する。逆に言えば、グループを組めない人は融資を受けることができない。実はこの方法が「情報取得のコストが高い中で、その人に融資しても問題ないか、与信判断の精度が高まったことで低利での融資を実現した」という。

「私たちは、さまざまな村でまず融資に関する説明会を行います。そこでグループを組むので、基本的に同じ村の住民からメンバーを探さなければなりません。つまり、お互いをよく知っています。当然、普段の生活ぶりから信用の高い人を選ぼうとするでしょう。この判断は非常に精度が高いのです。もちろん、こちらも事前にその人の事業内容や住環境などを調べますが、住民同士のコミュニティに根ざした判断には及びません。一方で、グループを組めない人に関しては金融サービスを届けることが出来ないといった課題も残されています」

お金を借りる人は、普段から信頼のない人物を自分のグループに入れたくない。共同債務の形をとるのは、お互いの返済を助け合う仕組みでもあるが、それ自体が与信判断にもなっている。

この方法はグラミンモデルがベースだが、実は日本でも、それに近い金融システムが1820年の時点で生まれていた。二宮尊徳(二宮金次郎)が発案した「五常講」である。五常・アンド・カンパニーという社名も、ここから来ている。

ちなみに、同社のホームページのアドレスはhttp://gojo.co/となっている。普通、アドレスの末尾は「co.jp」で終わることが多いが、そのまま読むと「五常講」になるよう、あえてこの形にしているそうだ。堅田氏は、「表記を間違えているわけではないんです」と笑顔で話す。

テクノロジーにも注力。「指紋認証」による返済を実現

もう1つ、延滞率を下げるために、返済の仕方にも人との関係が活用されている。というのも、融資を受けた人は、定期的に開かれる集会の中で、数十人の近隣住民の前で返済を行う。この形式が延滞を少なくするという。なぜなら、人間誰しも返済できない姿を同じコミュニティの知り合いには見せたくないからだ。

お金を借りる場面、そして返す場面の両方で、人との関係性やつながりを活用する。そうして延滞率を下げているのだ。

なお、現在小口融資を受けている人の性別を見ると、99%が女性だという。人との関係性やつながりを重視するマイクロファイナンスのオペレーションでは、男性よりも女性の方が機能しやすい点が影響している。女性の場合には家族がいるケースが多く、事業を成功させて、つまり現金収入を維持することで家族生活を支えようとする気持ちが相対的に高い傾向にある。世界中のマイクロファイナンス機関の融資件数の半数以上は、現在でも女性になっており、アジアにおいてはその傾向がより強く9割程度の融資は女性の顧客に貸し付けられている。

さて、五常・アンド・カンパニーではテクノロジーの導入も積極的だ。たとえばグループ会社のひとつであるインドのサティヤ マイクロキャピタルでは、指紋認証による返済システムを導入している。

「営業職員がタブレットPCに返済金額や個人情報を入力したあと、融資を受けている人がデバイスに指をかざして指紋認証を行います。これで本人確認が完了し、銀行口座から自動的に返済金が引き落とされます。この作業を、先ほど話した集会の中で、みんなの前で行います」

上のケースでは、現金や紙が登場しない。堅田氏は「テクノロジーを使って現金や紙をなくすことは、多くの人が小口融資を受けられるようにするためにこれから一層重要になる」と言う。

「現金や紙を使うと、融資の内容が固定的になります。つまり、金利や返済期間を柔軟に変えにくい。一定の枠組みを作り、そこに当てはまる人しかお金を借りられなくなります。デジタルなら柔軟に内容を変えられるので、より多くの人に対応できます」

加えて、現金と紙が無くなれば管理コストや人件費も低くなる。それは、より低い金利の実現にもつながるのだ。随所にテクノロジーを使いながら、返済の肝となる場面にはヒューマンタッチの要素を入れる。そのバランスがポイントだろう。

「仮にテクノロジーを使ってすべてオンラインで返済する場合、確かに人件費や管理コストは大きく下がるかもしれません。一方で、人と向き合う場面がないため、返済しない人が増える可能性も。トータルでマイナスになるかもしれません。金融包摂の観点では、顧客が貸倒れに陥るとブラックリストに載ってしまい金融サービスにアクセスする難易度が更に上がります。ですから、テクノロジーは取り入れつつも低い貸倒率を維持するためにヒューマンタッチも大切にする。その両立が理想です」

今後、同社はアフリカや南米などに事業を広げる予定。「2030年までに、世界50カ国、1億人に金融サービスを届けるのが目標」と、先を見据える。

金融アクセスにより機会の平等を実現し、誰もが自分の未来を決めることができる世界を目指す、五常・アンド・カンパニー。社会貢献そのものと言えるその活動の裏には、事業として成長するために考え抜かれた高度なシステムがある。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2020年5月現在の情報です

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五常・アンド・カンパニーが目指す「民間版の世界銀行」(前編)

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