歴史的な視点で経済や市場を学ぶ

【第1回】市場(いちば)と市場(しじょう)は違うもの?(前編)

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はじめに

日本取引所グループは、東京証券取引所、大阪取引所、東京商品取引所といった市場(しじょう)を開設・運営していますが、現在は、2000年までの東証の株式立会場のような、目に見える取引現場はありません。また、例えば「東京株式市場」、「東京商品市場」と言う時に、多くの場合、それは東京証券取引所や東京商品取引所の施設や場所ではないのです。そもそも、市場を「いちば」と読まずに「しじょう」というのは、商品を目の前で具体的に売買している場所ではなく、難しい言葉でいいますと”抽象化”された、証券や派生商品を取引する仕組みやメカニズム全体を指しているからなのです。

経済とは、「多様な好みや価値観を持つ人々が、限りある資源を用いてモノやサービスを生産し、分配し、消費するシステム」iです。現在の世界においてこのシステムの中心に市場が確実に存在して働いていて、その仕組みを理解するための経済学はこの仕組みを単純化して可能な限り一般化しているのですが、一方で、経済学に近くない人々に一般化された経済学的なモデルを使って今の市場をいきなり説明するのは難しい場面もあるというのが、日々、一般のお客様に市場のレクチャーをさせていただく私たちの経験です。

そこで、既に現代の形になっている市場を、今の時点から学ぶのではなく、各地に点在する市場(いちば)だった頃に遡って、市場がどういう性質のもので、それが経済にどういう役割を果たしているのか、またよく耳にする「市場経済」というものをどのように作っているのかについて、これから説明していきますii。これから投資を始めるために経済や市場を理解したいと考えている人のお役に立てれば幸いです。

1. 市場(しじょう)が存在しない経済を考える

先ほど、現代の経済システムには、市場が確実に存在していると書きましたが、市場が存在しない経済ももちろんあります。非常に昔の話になりますが、人類が定着して農耕を始める以前の社会には市場(しじょう)は存在しなかったという考え方もあります。

狩猟・採集型の社会は(今も現存しますが)、市場によって資源の配分をコントロールするのではなく、集団のルールに従って資源が配分されていました。こうした経済を「慣習経済」と呼びます。現代の私たちの社会は「慣習経済」ではありませんが、法や道徳(社会規範)によって資源の配分が決められている部分はかなり残っています。例えば、現代日本の各家庭における家事の分担(資源配分)は、「慣習経済」的な要素が大きいですね。

市場が介在しない経済として、もう一つ、「指令経済」というものがあります。これは、政治的、宗教的権威を持つ存在の強制的な命令によって資源を配分する経済です。現在のロシアの前にソビエト連邦という国がありましたが、そこでは、国営農場での資源配分は国家の指示によって行われていました。

現代の日本も、首相や中央官庁の役人が資源配分を決めて指示していると考えている人がいるかもしれませんが、今の日本は「指令経済」でもありません(当然、市場経済が中心の社会です)。しかし、日本はかつて「指令経済」が国の基本だった時代がありました。古代と呼ばれる飛鳥・奈良・平安時代という時代に行われていた律令制が、「指令経済」と呼ばれるものでした。(後編に続く)

i 「幸せのための経済学」 岩波ジュニア新書 菱沼宏一(2001)
ii このお話は、横山和輝名古屋市立大学経済学部准教授の協力を得て、横山氏の著作「マーケット進化論」日本評論社、「日本史で学ぶ経済学」東洋経済新報社 をベースに東京証券取引所が作成したものです。

(東証マネ部!編集部)

<合わせて読みたい!>
市場(いちば)と市場(しじょう)は違うもの?(後編)

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