【投資家の本棚】
【コモンズ投信会長 渋澤健さん】高祖父・渋沢栄一が残した『論語と算盤』
投資家としての一面も持つ各界のトップランナーに、投資への想いとオススメの本を訊くこちらの企画。今回は、コモンズ投信 取締役会長 兼 ESG最高責任者の渋澤健さん。
渋澤さんは、JPモルガンやゴールドマンサックスなどの外資系投資銀行でマーケット業務の経験を積み、さらには米国大手ヘッジファンドの日本法人代表を務めた金融のスペシャリスト。そして、「日本の資本主義の父」ともいわれる実業家・渋沢栄一の5代目子孫にあたります。
自身が立ち上げたコモンズ投信では、豊かな社会づくりを目指し、長期にわたり持続的な成長を続ける優良企業や、変化にチャレンジする企業を厳選したファンドを運用。そんな渋澤さんの投資への想いを伺うとともに、「お金や投資の本質に気づかされた」という高祖父の名著『論語と算盤』を紹介してもらいました。
プロとして金融の世界へ。投資のきっかけは子どもの誕生だった
――渋澤さんが、金融の世界に進まれた経緯から伺えますか?
渋澤:私は小学校2年からアメリカで育ち、そのままアメリカの大学に進んで工学を学びました。大学時代、アメリカ人の友人たちとの旅行をきっかけに日本に惹かれ、社会人になってからは日本のNGOに勤務。そのあと、25歳のときに再び渡米してビジネススクールに通い、MBAを取得しました。ですから、それまで金融の知識も経験もまったくない状態だったんです。
ただ、ビジネススクールの1年と2年の間の夏インターンシップで、モルガン・ギャランティ・トラスト(現在のJPモルガン)東京支店に勤務する機会がありました。当時はMBAを持った日本人が少なかったのと、日本企業が世界で台頭していた時代だったので、ウォール街は「日本人大歓迎!」という状態。給料もいいので転職を決意しました。そこで、はじめて金融マーケットの世界に飛び込んだかたちになります。
――その転職が投資に関心を寄せるきっかけになったのでしょうか?
渋澤:そういう訳でもありませんでした。仕事では、円債券や為替オプションのトレーダーなどを経験しましたが、自分の投資はさっぱり。仕事としてトレーディングで稼ぐだけで、自分の資産形成を目的とした投資はまったく眼中にありませんでした。でも、33歳のときに転職し、債券部門から株式部門に異動したときに、周りの同僚がみんな投資をしていたんです。
じゃあ自分もやってみるかと一念発起して、はじめて株式を2銘柄買いました。それが、SONYと新日鉄という、当時では日本を代表するような有名企業だったのですが、買ってからすぐに下がりはじめたんですね。債券や為替市場と比べて価格変動の大きい株式市場にリスクを感じて、すぐに損切りしてしまいました(笑)。そこから銘柄選びを試行錯誤して、なかにはテンバガー(株価が10倍になった銘柄)もありました。でも、子どもが生まれたことを機に投資のスタンスが変わったんです。
――どのように変化したんですか?
渋澤:39歳のときに長男が生まれたのですが、抱いていた赤ちゃんがいずれ成人になり、自分の手元から離れる日が訪れる。そして、成人した子どもはきっと何かにチャレンジしているはず。じゃあそれを応援できる資金をつくりたいと思い立ったのです。
また、長男が20歳になる頃には自分は還暦になることに気づき、ショックを受けました。それまで、目の前の収入を増やすことを考えて働いてきましたが、自分が還暦になり、子どもが成人するときまで、長期投資で積み立ててみようと思い、自分と子どもの投資信託口座を開設しました。貯金でも良かったんですが、子どもの成長を応援する、成長とともに積み立てる性質の資金なので、成長性ある株式投資がいいだろうという思いがあり、日経225インデックスファンドを選びました。
――長期投資をはじめてみていかがでしたか?
渋澤:長期投資で積み立てをしていくと、株価が下がっても嫌な気持ちにならずに、むしろ口数を多く買えるのでラッキーって思えるんですよね。なぜなら、定額でコツコツと投資をしているので、価格が下がるとより多くの口数を購入できるからです。それを肌で実感し、株価が下がってもうれしい投資ってあるんだと気づきました。
この個人的な気づきと、「日本の株式市場には長期的な目線の投資資金が足りない」というかねてからの課題感もあり、自分で運用会社を立ち上げたいという思いが芽生えました。ただし、投資先企業に一方的に「モノ申す」のではなく、じっくり対話して、理解して、応援する運用会社を立ち上げたいと思ったんです。それがコモンズ投信を立ち上げるきっかけですね。
――渋澤さんが「投資をしてよかった」と思われることって何でしょう?
渋澤:ひとつは、世の中にはいろいろな会社があると理解できたことです。私は、国債や為替といったマクロ経済から金融の世界に入りましたが、株式投資になるとそれぞれの会社のストーリーを知ることになります。それが楽しいんです。
もうひとつは、投資は失敗を恐れて身動きできない人には絶対にできないと知ったことです。たとえ失敗しても、いかに自分の中でその失敗を整理して先に進むことができるかが大事だと知りました。これは、資産形成とかお金儲けとは別の人生の教訓ですね。
日本元祖の“ベンチャーキャピタリスト”が後世に伝える普遍的なビジネスマインド『論語と算盤』
――経済人からアスリートまで、各界のトップランナーが影響を受けたと話す『論語と算盤』は、渋澤さんの高祖父である渋沢栄一の本です。どのような本なのかご紹介いただけますか?
渋澤:渋沢栄一は、激動の明治時代に、実業家の立場から日本の資本主義の形成に携わった人物で、『論語と算盤』は彼の講演をまとめた本になります。論語の精神を人生や経営に息づかせ、道徳と経済を合致することによって民間力を高め、民間力が高まることによって国が豊かになるという国富論が説かれており、ビジネスのパーパス(存在意義)の本質を突いています。初版が1916年に出版されましたから、100年以上前のものですが、現代にも通じるものを感じました。
――この本を読まれたのは、いつ頃のことでしょうか?
渋澤:実は若い頃や外資系に勤めていた時代ではなく、自分が最初に会社を立ち上げた40歳のときです。渋沢栄一は民間企業を500社くらい設立に関与したので、なにか参考になることが書かれていないかなと思ったんですね。彼は「日本の資本主義の父」と呼ばれますが、本人は「資本主義」ではなく「合本主義」という言葉を使っていました。さまざまな「本」を「合わせて」企業価値をつくるという考えですから、今でいうステークホルダー資本主義(※)です。
渋沢栄一は、より良い国を作るためには、いまの言葉にすると「民のエンパワーメント」が必要だと結論付けました。やる気のある人が出自や立場に関係なく、持っている才能をフルに生かして社会に貢献する。そうすれば、本人も豊かになるし社会も豊かになるという考え方です。それまで、道徳と経済活動を両立させるという概念は机上の空論としか思っていなかったので、渋沢栄一の思想にはとても驚かされました。
(※)企業は株主の利益を最優先するのではなく、従業員や顧客、地域社会、地球環境など幅広い利害関係者(ステークホルダー)に配慮しなければならないという考え方
――少数の株主だけが儲かっても、社会が豊かにならなければ結局は個人も豊かにならないということですね。
渋澤:そうです。というのも、渋沢栄一が生きた時代、日本はまだ発展途上国であり、世界の列強と比較すると、新興国でしかなかった。そんな日本がどうやって世界と競争していくんだと、彼は思案したと思います。国防のために軍艦や大砲を作るにしても財源が必要で、その財源を確保するためにも民間力を高めなければいけないと感じたのでしょう。「一人ひとりが当事者意識を高めれば、より良い世の中になる」、そういうメッセージだと思います。そして、それは時代を超えて普遍的な思想なので、この本が読み継がれているのかもしれません。
ハウツー本ではありませんが、「自分は何のために投資をするんだ?」という、根源的な疑問を持ったときに、答えのヒントとなるような本だと思います。
――渋沢栄一の思想は、渋澤さんご自身の仕事観にも影響がありましたか?
渋澤:ありましたね。とりわけ、サスティナビリティを重要視するようになりました。会社は自分のものではなくて、社員や株主のものでもあります。自分自身の判断で、いかに次の代にバトンを渡すかを常に考えています。それは、SDGs投資の「MeからWeへ」の考え方にも通じています。
たとえば、消費は自分(Me)のためにお金を使うことなので、すんなり理解できると思います。かたや、寄付は自分を含めた大勢(We)のためにお金を使うことです。私は投資もMeのためだけではなく、Weという側面が大事だと思っています。自分だけでは、世の中をよくする商品は作れないし、困っている人を助けることもできないけど、自分が少し投資や寄付をしたら、それが叶う。これこそが、「自分にもできることがある」と自らをエンパワーメントすることにもつながるんです。
そして、会社はお客様が喜ぶ商品やサービスを提供し、お客様は「ありがとう」の気持ちで代金を払う。そして、会社は「ありがとう」とお金を受け取る。お金の流れの中には必ず「ありがとう」が存在します。経済はありがとうの連鎖であって、ありがとうが増えれば増えるほど、価値が高まる。「ありがとう」と伝えて応援することが投資の本質だと思っています。
――渋澤さんは、『論語と算盤』をテーマにした経営塾も開催されているそうですが、投資スタイルを確立するうえで、読書することにはどのような価値があると思われますか?
渋澤:投資に必要なのは、イマジネーションだと思っています。投資は予測不可能なものです。つまり、まだ訪れていない未来を見据えて現実にすることです。もちろん知識や分析力が求められますが、頼れるのは自分が積み重ねた経験のみ。そのときに物を言うのが、イマジネーションです。誰にも分からない未来を想像できるかどうか。その意味でも、活字の文章に触れて、世界観を頭の中に描く行為は、想像力を鍛えることにつながります。だから、もしかすると投資に役立つのは、小説やフィクションかもしれませんね。いずれにしても、想像力の訓練のためにも本を読む価値は大いにあると思います。
(末吉陽子/やじろべえ)