とある市場の天然ゴム先物 02

世界初の先物と天然ゴム先物の「共通点」とは?

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前回の記事では、世界の天然ゴム先物の取引はアジアがメインマーケットというお話をしました。今回は少し歴史をさかのぼって、天然ゴム先物がどのように始まったのかを見てみましょう。そこから「世界最初」と言われる日本の先物取引との「意外な共通点」が浮かび上がってきます。

世界最初の「先物」取引

歴史を紐解いてみると、商品取引所の原型となる組織は16世紀に北海のニシンなどの取引のためにベルギーのアントワープ取引所で始まり、組織的な「先物」取引は17世紀末頃に大坂堂島米市場で始まったと言われています。

堂島米市の図(浪花名所図会)。世界最初の組織的な「先物」取引は周辺の路上で行われていた。公式の取引終了後も取引を続ける人を退散させるために水を撒いていたという。
出典:広重(寛政9年(1797)~安政5年(1858))画 / 所蔵 大阪府立中之島図書館(日本取引所グループウェブサイトより)

ここで「先物」とわざわざ「」をつけている理由の一つは、大坂堂島米市場は洗練された取引制度を備えており、江戸幕府からも暗黙の了解を得ていたものの、現在のような法制度にきちっとした形で結びついた先物取引ではなかったからです。

また当時の大坂堂島米市場の「先物」は「帳合米(ちょうあいまい)商い」などと呼ばれていましたが、この取引方法は厳密には現在一般的に使われる意味での商品先物取引とは異なっていました。

帳合米商いは「帳合(帳簿上での売り買い相殺)」の名前のとおり、満期まで買い持っていても実物の米が手に入るわけではなく、反対売買による差金決済が原則でした。満期到来後に実物商品が実際に受渡しされることが多い商品先物取引というよりは、むしろ日経平均株価(日経225)先物といった株価指数先物に近い取引であったといえます(詳しくはこちら)。

2018年に大阪取引所によって大坂堂島米市場跡地に建立されたモニュメント「一粒の光」。表参道ヒルズなどの代表作で有名な建築家の安藤忠雄氏がデザインに協力。重さ約9.5トン、長さ約3メートル、直径約1.5メートルで、原材料は御影石。
出典:日本取引所グループ

天然ゴムの先物取引はいつ始まった?

前置きが長くなってしまいましたが、それでは天然ゴムの先物取引はいつから始まったのでしょう?

東南アジアにおける天然ゴム栽培の歴史は、1876年にイギリスが天然ゴム樹の原産地であるブラジルから当時輸出が禁止されていたゴム樹の種子を「こっそりと」持ち出したことから始まります。この種子は王室植物園で管理され、その後苗木がスリランカやシンガポールに運ばれ、それを契機に特にマレー半島を中心として東南アジアが天然ゴムの一大生産地になっていきました。

当時の天然ゴム需要の多くは欧州やアメリカであったことから、マレー半島やオランダ領東インド(現在のインドネシア)などで採取された天然ゴムはシンガポールに集められ、練り(milling)やパッキングといった工程を経てまずロンドンに輸出されていました。

こうしてロンドンに集められた天然ゴムは、シティ・オブ・ロンドンのミンシング通り(Mincing Lane)でブローカやディーラーによって集中的に売買されていました。つまり当時の天然ゴムの値段はロンドンで決められ、それが世界中に配信されていたのです。

ちなみに堂島米市場と同じように、当初ミンシング通りでの天然ゴムの取引は路上で行われ、あまりにも寒かったり天候が悪かったりする際には室内で取引したそうですが、この室内の取引の方が「場外取引(curb trading)」と呼ばれていたそうです。

現在のシティ・オブ・ロンドンのミンシング通り。18世紀には茶や香辛料などが活発に取引されていた。チャールズ・ディケンズの小説「我らが共通の友(Our Mutual Friend)」においても売買の模様が描写されている。ちなみにこの通りを南に下って少し行くと駐在員御用達の韓国料理屋がある(個人的にはプデチゲがおすすめ)。
出典:Wikipedia

ミンシング通りでは当初相対での天然ゴムの現物や先渡し取引を行っていましたが、世界的に自動車産業が発展して天然ゴムの需要と供給が拡大するなかで、現物取引をするプレーヤーがそのポジションをヘッジするニーズが高まってきました。

そこで1920年から21年にかけて、相対での現物や先渡し取引とは別に「定期市場(Terminal market)」が設立され、そこで天然ゴムの「先物」取引が開始されました。ここでも「」が出てきましたね。既にお気づきかもしれませんが、この「先物」取引は法制度に基づいているものではなく、また一般的な文脈での商品先物取引とは異なり、現物の天然ゴムの受渡しと結びつかない差金決済型の取引でした。そう、まさに大坂堂島米市場と同じタイプの取引だったのです。

ロンドン以外では、貿易中継地点であったシンガポールが1920年代から天然ゴムの先物取引を行っており、1926年にはニューヨークでも先物を取引するThe Rubber Exchange of New Yorkが設立されました。日本では戦後1952年に当時の東京ゴム取引所において先物取引が開始されています。

戦後になると、生産地に近くかつ貿易のハブとして存在感を高めていったシンガポールが天然ゴム取引の中心になっていったことで、ロンドン、ニューヨークの先物取引の規模は目に見えて減少していき、ついには役目を終えて現在では取引を終了しています。歴史の長いシンガポールや日本に加え、1990年代に入り経済成長著しい中国、2000年代に入りタイが天然ゴムの先物取引を開始し、こうして天然ゴム先物は基本的にアジアの取引所で取引される商品となったのです。

なおロンドンで取引を開始した当時の先物は現物受渡しを伴わない差金決済型でしたが、現在取引をされている天然ゴム先物は原則、現物の受渡しを伴う一般的な商品先物となっています。

歴史の悠久の風を感じて

このように当初はロンドンでスタートした天然ゴム先物ですが、世界初の先物取引組織である堂島米市場と取引制度が同じであったなど、意外な共通点があるというのが驚きですね。また商流のエコシステムが変わることによって、先物取引の中心地も移っていったというのも面白いところです。

次回以降では、各取引所で取引されている天然ゴム先物の特徴や、世界の歴史に負けずとも劣らないくらいエキサイティングな日本の天然ゴム先物や相場の歴史をご紹介します。どうぞご期待ください!

※次回の更新は11月24日(火)ごろの予定です。

 

(著者:大阪取引所 デリバティブ市場営業部 矢頭 憲介)
(東証マネ部!編集部)

<もっと知りたい方へ!>
高槻泰郎「大阪堂島米市場 江戸幕府 vs 市場経済」
TOCOM「ゴム取引の基礎知識」
Austin Coates “The Commerce in Rubber – The first 250 years”
Bank of England “UK commodity markets – Quarterly Bulletin 1975 Q3”
E.G.Holt, “Marketing of Crude Rubber”
John L. Julian “The Rubber Exchange of New York”
Peter W.C. Tan “Singapore Rubber Trade – an Economic Heritage”

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