とある市場の天然ゴム先物

とある市場の天然ゴム先物 03

国内初の天然ゴム先物取引所は「東京」ではなかった!

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前回の記事では、ロンドンにおける世界最初の天然ゴム先物取引の模様をお伝えしました。今回は日本国内における市場の歴史を駆け足でご紹介します。実は、国内最初の天然ゴム先物取引所が設立された場所は東京ではないんです。

国内初の天然ゴム先物取引所誕生

第二次世界大戦以前、ロンドンやニューヨーク、シンガポールなどで天然ゴムの先物取引が活発に行われていましたが、日本は天然ゴムの消費国ではあったものの、取引所として先物取引が行われることはありませんでした。

大戦後、1950年6月の朝鮮戦争の勃発を契機として戦略物資である天然ゴム価格が暴騰し、さらに停戦によって今度は一気に大暴落するという事件が起こりました。この荒っぽい天然ゴムの国際価格の値動きのなかで多くの国内業者が損失を受け、先物取引の機能の一つである「価格変動リスクのヘッジ」のニーズが高まっていきました。

ところでこの時期、天然ゴムの実物取引の中心地は「神戸」でした。当時は神戸港から輸入される天然ゴムの方が横浜港からの輸入よりも多かったそうです。

そこでヘッジニーズ手段を必要としていた神戸のゴム取扱会社が中心となり、1951年12月に神戸に国内で初めてゴム取引所が設立され、1952年1月から取引が開始されることとなりました。神戸の取引所設立を受け、東京でも1952年12月にゴム取引所が設立されることになります。

なお「神戸ゴム取引所46年史」によると、当初ゴム取引所で取引をしていた業者は先物のヘッジ機能についてはよく理解していましたが、一方で先物の重要な機能である「市場価格の形成」については必要性をあまり意識しておらず、当時のゴム先物価格はシンガポールの相場を使って決めていたそうです。

1952年の設立後の東京ゴム取引所における立会場の模様。現在のシステムによる売買とは異なり、多くの人が一つの場に集まって取引が行われていた。そこでは日々多くのドラマが生まれたことだろう。
出典:日本取引所グループ

順風満帆ではなかった船出

多くの期待を受けてスタートしたゴム先物市場ですが、早くも苦境に襲われることとなります。合成ゴムの生産が増加したことや米国の備蓄ゴムの放出等により、1960年から8年超、現物の天然ゴムの国際価格が長期低迷を続けることになったのです。この間、天然ゴム先物市場は価格変動のない安値低迷となり、神戸・東京の両ゴム取引所ともに取引閑散、世間からは天然ゴム先物の無用論が起きたほどでした。

当時の両取引所の記録を見てみますと、「市場振興のために八方手を尽くしたが効果がなく、存続の危機」、「この危機を乗り切るべく、かろうじて取引所機能を維持するのに必要な最小限の事務局員で凌いだ」といった記載があり、取引所運営の先人達の苦労を想像すると胸が痛みます。

実際、海外の先物市場で指標銘柄として取引をされていたRSS1という種類の天然ゴム先物が1959年に上場されましたが、そもそも国内での実需消費量が少なかったことに加え、天然ゴム先物市場全体の流動性が落ち込んでいたことで取引閑散となり、取引開始からわずか3年で休止されることになってしまいました。

1962年11月に移転先となった茅場町の東京ゴム取引所のビル。商品仲買人のオフィス街から少し離れていたために立会代表者が集まりにくく、結果として1967年には東京砂糖取引所の新築ビルに移転することになったという。
出典:日本取引所グループ

この苦境が好転するのは1960年代後半。1968年から金価格が高騰したことをきっかけとして一般投資家が商品先物取引に参入することとなり、商品先物取引の出来高、取組高(建玉)ともに激増することとなります。

天然ゴム先物市場にも多くの一般投資家が参加し、また日本のゴム工業の急成長も追い風となったことで、1975年以降にシンガポールの先物市場を凌駕し、1980年代には圧倒的な出来高で国際的に認知されることとなりました。この時以来、日本の天然ゴム先物は天然ゴム価格の国際指標の一つとなっています。

一方、この時期から始まった生産-流通-消費の形態の構造的な変化により、商品先物によっては取引の意義が問われ始めることとなります。実際、ロンドンやニューヨークのゴム先物市場は1980年までにその長い歴史を閉じることになりました。

多くの困難を越えて

こうした経済構造の変化に対応して合理化を進めるため、東京では1984年11月に東京繊維商品取引所(1951年設立)、東京ゴム取引所(1952年設立)、東京金取引所(1982年設立)が統合して東京工業品取引所が設立されることとなりました。

一方、神戸ゴム取引所は、市場発展の起爆剤とするために、1991年から欧米市場で主力製品となりつつあったTSR20(技術的格付けゴム)の上場に着手します。このTSR20の上場は一度頓挫したものの、1995年3月に別の商品である天然ゴム指数先物を上場することとなりました。これは日経平均株価先物などと同じように、現物の商品の受渡しをしない先物となります。

ところが1995年1月17日、阪神淡路地方に大地震が襲います。この大地震によって神戸ゴム取引所のビルが崩壊し、市場が開設できない状況まで追い込まれました。ビル崩落の可能性があるなか、職員が決死の覚悟で事務所のコンピュータからデータを取り出し、関係者の必死の努力により1月25日には大阪繊維取引所において取引を再開させることとなりました。

この震災をきっかけとして、神戸ゴム取引所は1997年に大阪繊維取引所と合併して大阪商品取引所としてスタートすることになります。統合後、2000年に11年越しにTSR20の上場を果たし、更には2007年に中部商品取引所と合併して中部大阪商品取引所となるものの、2009年にTSR20、2010年に天然ゴム指数の取引を休止することとなり、2011年に解散して半世紀の歴史の幕を閉じることとなりました。

そして総合取引所へ...

国内唯一となった東京工業品取引所の天然ゴム先物市場ですが、2005年に全ての売買がシステム売買に移行されます。

その後、東京工業品取引所は2008年に株式会社化、2013年には東京商品取引所に名称を変更し、2019年10月には日本取引所グループと統合することで総合取引所を実現することとなりました。この総合取引所実現のなかで、天然ゴム先物は2020年7月に日本取引所グループ傘下の大阪取引所に商品移管されています。

このように多くの歴史を背負った日本の天然ゴム先物。現在でも国際的な指標銘柄として大阪取引所で取引されており、国内外の多くの投資家に活用されています。

さて、ここまでの連載記事では天然ゴム先物市場の歴史を中心にご紹介してきました。次回以降では天然ゴムの相場について取り上げたいと思います。どうぞご期待くださいませ!

※次回の更新は12月8日(火)ごろの予定です。

 

(著者:大阪取引所 デリバティブ市場営業部 矢頭 憲介)
(東証マネ部!編集部)

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