世界共通語「ESG/SDGs」 とある市場の天然ゴム先物

とある市場の天然ゴム先物 13

サステイナビリティ対応を進める海外市場の事例紹介

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前回は天然ゴム先物とサステイナビリティの関係についてお話しました。そこで今回は海外のコモディティ市場でサステイナビリティへの取り組みを進めている事例をご紹介いたします。

ケース1:London Metal Exchange(LME)における金属取引

最初のケースはロンドン金属取引所(London Metal Exchange: LME)です。

LMEは1877年にロンドンで設立された金属専門の取引所です。銅や鉛、亜鉛、ニッケル、スズ、アルミニウム、コバルトなどが取引されており、特にLMEにおける非鉄金属の取引価格は国際指標として活用されています。

このように世界の非鉄金属取引の中心地であるLMEですが、サステイナビリティへの取組みを進めることとなった契機の1つは、2017年に発覚したコバルトにおける児童労働問題です。

コバルトはリチウムイオン電池の正極材などに使われることから近年需要が拡大している一方、アフリカのコンゴ民主共和国(DRC)が生産の過半を占めており、スズ、タンタル、タングステン、金といった紛争鉱物(3TG)と同様に、以前より生産状況について懸念が指摘されていました。

LMEは2017年に受渡供用品として中国企業によるブランドのコバルトを新たに追加しましたが、このコバルトについて産品追跡ができないとの情報が市場関係者から寄せられ、調査を進めたところコンゴ民主共和国における児童労働問題が関係していることが発覚します。

この問題を契機として、LMEは2017年に同市場におけるすべてのサプライヤー(生産者)に対して包括的な調査を実施したうえ、2018年10月には責任ある調達(Responsible Sourcing)に対するアプローチの提案をまとめたポジションペーパーを公表し、さらに市場参加者からのフィードバックの分析を取りまとめました。

その後、LMEは2019年4月から6月にかけて市場全体に正式なコンサルテーションを実施し、そのフィードバックを公表するとともに、2019年10月にはLME登録ブランドに対する責任ある調達に関する要求事項を公表しました。

この要求事項により、LMEの受渡供用品は従来の「品質」基準に加え、「責任ある調達(トレーサビリティ)の最低基準と透明性を満たすこと」が求められることとなりました(最初の報告日は2022年6月末)。

なおここでLMEが求める「最低基準」ですが、LMEが独自に基準を策定するのではなく、「OECD 紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」に従うこととなっています。

LME責任ある調達における評価フレームワーク

出所:LME “Overview of LME responsible sourcing”

鉱物資源については以前から紛争鉱物が問題となっており、米国ドット・フランク法(第1502条)の成立を契機として、OECDのガイドラインなどが国際的な枠組みとして既に策定されていました。加えて非鉄金属ではLMEがブランド力、取引シェアともにガリバーとして君臨していることも、この分野でLMEの取り組みが先行している背景の一つと言えるでしょう。

ケース2:Bursa Malaysiaにおけるパーム油先物取引

パーム油はアブラヤシの果実から得られる植物油で、カップ麺やポテトチップスといった加工食品、化粧品、洗剤やシャンプーなどといった幅広い製品に利用されています。安価で単位面積当たりの収穫量が多いことから1990年代より需要が急速に拡大し、現在では植物油脂の生産量でトップとなっています。

パーム油の生産国としては、インドネシアとマレーシアが突出しており、両国で世界のパーム油生産量の84%を占めています(2018年、FAOSTAT)。その一方でWWFが指摘するように、これまでに両国を中心にした一帯で大規模な農園開発が行なわれてきたことで、多くの熱帯林が伐採されて焼き払われるといった環境問題が生じています。

そこで環境への影響に配慮した持続可能なパーム油を求める声が高まり、2004年に7つの関係団体が中心となり「持続可能なパーム油のための円卓会議(Roundtable on Sustainable Palm Oil: RSPO)」が設立されました。

このRSPOが考える持続可能なパーム油の要件を具体的に示したのが「The RSPO Principles and Criteria(P&C)」であり、7つの原則の下に40項目の基準が定められています。

このP&Cの枠組みの下で、生産段階で持続可能な生産が行われていることの認証(P&C認証)と、認証パーム油がサプライチェーンの全段階で受け渡されるシステムが確立されていることの認証(SC認証)が整備され、複数の実施状況を想定することでパーム油の複雑なサプライチェーンに合わせて対応できるようになっています。

RSPO サプライチェーン認証モデル

出所:RSPO

RSPOの他には、パーム油生産国が独自に策定した認証基準もあり、2011年にインドネシアでISPO(Indonesian Sustainable Palm Oil)が、2013年にはマレーシアでMSPO(Malaysian Sustainable Palm Oil)がそれぞれの政府により導入されています。これらの認証制度はボランタリーなRSPO認証と異なり、国内法において小規模農家を含むアブラヤシ農園を運営するすべての事業者に対して取得を義務付けていることが特徴です。

こうしたパーム油の先物市場での取引ですが、生産量が世界2位のマレーシアでは、マレーシア取引所(Bursa Malaysia)において1980年よりパーム原油先物(Crude Palm Oil Futures: FCPO)が取引されており、この先物はパーム油の国際指標の一つとなっています。

マレーシア取引所では以前よりパーム油先物のサステイナビリティへの対応に取り組んでおり、2018年には流動性のあるパーム原油先物の商品設計を変更し、受渡しの際に売り方にトレーサビリティを証明する書類を提出させる制度を導入しています。

さらに2021年4月より、上述のトレーサビリティの証明書類に加え、マレーシアの認証制度であるMSPOの認証を受けた搾油工場の認証番号を合わせて提出させるように規則変更しています。

ただし、マレーシア取引所によると既に2020年10月の時点で約95%の搾油工場がMSPO認証を受けており、この制度変更による効果は限定的であると予想されます。

また、2020年東京オリンピック・パラリンピックにおける持続可能性に配慮した調達コードでも「実効性の面で課題が指摘される場合がある」と指摘されているように、MSPOはRSPOと比べて基準が緩く、国際的にもまだ認知されていないという懸念もあります。

このようにマレーシア取引所のパーム油先物のケースでは、LMEの場合と異なり必ずしも全ての市場参加者がコンセンサスを持っている基準を採用している訳ではありません。

今後の成功の鍵はMSPOの基準が生産国において有効に機能すること、また消費国を含めたサプライチェーン全体で認知、活用されることが挙げられるでしょう。

ケーススタディを通じて見えること

2つの事例から、取引所の先物の受渡供用品にサステイナビリティ基準を組み込んで効果を出すためには、「サプライチェーンの全ての関係者に受け入れられている基準があるか」、「その先物に競争優位性があるか」といった点が重要であることが分かります。

例えばサステイナビリティの基準が乱立していたり、国際的な基準があってもステークホルダー間で受け入れられていなかったりする場合、そうした基準を採用しても効果は少ないでしょう。また取引所で独自の基準を作ったとしても、サプライチェーン全体で有効に機能することは難しいと思われます。

また先物の市場シェアが分散されている場合、ある取引所が厳しい基準を導入したとしても、その取引所を避けて緩い基準の取引所に取引が移ってしまい、結果としてサステイナビリティへの取り組みでインパクトを与えることはできなくなります。

さらに重要なことは、各コモディティによってサプライチェーンに様々な特色があり、また業界の対応状況や取引所の競争環境なども異なることから、全ての取引所やコモディティに適用できるようなサステイナビリティ基準(いわゆる”One size fits all solution”)は存在しない、ということです。

したがって天然ゴム先物においてサステイナビリティ対応を検討する際には、まず天然ゴム業界の特徴をしっかりと把握し、他のコモディティや市場における先行事例を学んだうえで、サプライチェーン全体の様々なステークホルダーと協力しながらスキームを構築することが何より大事である、と言えるでしょう。

※次回の更新は2021年5月11日(火)頃の予定です。

【参考資料】
Bursa Malaysia “The Malaysian Sustainable Palm Oil (MSPO) Certification Requirement for Crude Palm Oil Futures (FCPO) Contract Physical Delivery”
FIA “Bursa Malaysia palm oil futures updated for sustainability”
IUCN “Setting the Biodiversity Bar for Palm Oil Certification”
LME “Responsible Sourcing”
OECD “OECD Due Diligence Guidance for Responsible Supply Chains of Minerals from Conflict-Affected and High-Risk Areas”
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会「持続可能性に配慮したパーム油を推進するための調達基準」
富田英揮「ロンドン金属取引所(LME)におけるESGへの取組みについて」

(著者:大阪取引所 デリバティブ市場営業部 矢頭 憲介)
(東証マネ部!編集部)

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