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7000億円の使い道とは? 「きっとこうなる」から逆算するTDKの未来予想図

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カセットテープで一世を風靡したTDKの本来の姿は、グローバル展開する一大BtoB企業。大学由来のベンチャー企業であり、今や売り上げは約1兆5000億円。その反面、自由で風通しのいいベンチャー気風を持つユニークな社風だ。そんなTDKが発表した2021年度の中期経営計画は3年後に2兆円の売り上げを目指すというもの。そして3年間で7500億円の開発費を投じるという。過去最大の目標と計画。その裏には、「明らかなビジョンがあります」という。社長の石黒成直さん、気炎を吐く!

2016年に社長に就任した石黒成直さんの指揮のもと、積極的な技術開発やM&Aを推し進め業績は拡大基調を続ける。しかし不測の事態が起こる。2020年の世界的なコロナウイルスの感染拡大は、TDKにも少なからずインパクトを与えた。

コロナ禍でもデジタル需要に支えられ、堅調な業績

「2021年6月時点でTDKの従業員は全世界に11万人。そのなかで陽性になり亡くなった方もいらっしゃいます。まずはお亡くなりになった方のご冥福を深くお祈りします。また医療関係者には本当に頭が下がる思いです」

その一方で、デジタル化、テレワーク化が加速したことは間違いない事実だと、石黒さんは語る。

「20年前ならテレワークなんてできなかったでしょう。しかし今やテレワークができて、Eコマースが発達して、食事のデリバリーが身近になった。これをすべてデジタルの力でやっているわけです。それは、凄まじくパワフルな変革が加速したということです」

TDKの2020年度の業績は堅調だ。5G通信向け需要を掴み、バッテリーや電子部品などが大きく牽引する格好となった。なかでもバッテリーは、スマートフォン向けに加え拡大するテレワークで求められるタブレットやPC向けのものが好調。コロナ禍が業績に与えた影響が比較的軽微で済んだことは、デジタル市場のみならず、柔軟に働き方を変えられた社員の功績も大きいと考えているという。

「もともと2018年からコアタイムをなくし、在宅勤務が選べるスーパーフレックス制を導入していました。ですから、大きな混乱はありませんでした。せいぜいVPNというセキュリティが確保された通信回線の数が少なかったので、増設する必要があったくらいでした」

しかし在宅での働き方が基本になっていくことから、新たな仕組みを模索することにしたという。評価方法や福利厚生に至るまで、聖域なく議論していく社長直下のチームを組織した。

「去年の6月に新定常状態タスクフォースという組織を作りました。その内容がいいところを突いていたので、秋以降は執行役員も巻き込んで、俗にいうジョブ型雇用と新たな評価について議論を重ね、地に足の着いた組織のあり方を冬にかけて模索してきました。これを契機に一気に改革していこうという気運になっています」

大企業とは思えない、風通しの良さと軽やかなフットワークが強み

このチームは、営業や開発、管理部門などから選ばれた平均30代半ばの尖った12人。オンラインで集めて、あらゆることをディスカッションし、出たアイデアは即採用。立場を超えてなんでも言い合える社風というのは、このクラスの大企業ではあまり耳にしない。

「典型的なことをいうと、社長を含めて役員の部屋はいつも開いています。社員がフラッと入ってきて『ちょっといいですか?』と相談するのはごく普通だし、私もフラッとオフィスに行く。みな現場が好きですし、現場じゃないと本当のことはわかりません。4代目の大歳寛社長は、役員フロアから階段で下りてくるんです。どんと人の横に座って『この仕事はこうやってやるんや!』と紙に絵を描いて見せるんですね。そんな光景は日常茶飯事ですし、弊社には通称“お風呂場”という打ち合わせスペースがあるんです。上半身が見える低いパーティションで区切られていて、そこで誰もが打ち合わせに参加できるようになっているんですよ」

このように、大企業とは思えないほどの風通しのよさと軽やかなフットワークがTDKの持ち味であるとともに、強さの理由のひとつに違いない。さすが大学由来のベンチャー気質のある企業だが、今や世界的なBtoB企業。2021年5月、TDKが発表した中期経営計画はインパクトのあるものだった。2兆円の売り上げ目標を掲げ、3年の合計投資額は5000億円だった前回の1.5倍の規模となる7500億円にのぼる。DX(デジタルトランスフォーメーション)やEX(エネルギートランスフォーメーション)など、成長期待のある部門への投資を加速する。その舞台裏をひもとくキーワードは、バックキャスティングだ。

未来の需要を先取りするために、開発費7500億円を投下

「未来は現在の延長線上ですから、ある程度推測や推定はできるんです。全世界のメンバーとディスカッションし、3つのキーワードがあると結論づけました。5G、AI、再生可能エネルギーが次の10年を変えていくということがクリアになってきたのです」

中期経営計画の策定は、その3つの要素がそれぞれ人の生活に与える影響を踏まえ、どのようなハードウェアやシステム、サービスになって世の中を変えていくかの青写真を描く作業だったという。

「結果として“7seas(7シーズ)”というものが出ました。スマホやドローン、自動車がどう進化するのかを想定しながら検証して、10年後に向けて自分たちが主に7つの成長分野でどうすべきかをディスカッションした。これがバックキャスティングのアプローチです」

かつては、市場のニーズを捉えたり、「こういったものがほしい」というリクエストに応えたりしてラインナップを拡充することが、ものづくりメーカー王道のやり方だった。しかしそれでは遅いという考えが、今回の中期経営計画に表れているのだ。

「何度も経営会議で議論した末、ここで成長投資をすべきだというのが我々の結論なんです。この時代、お客さまの御用聞きをして開発をスタートして、がむしゃらに走って間に合わせるなんて無理です。お客さまがほしいタイミングでお渡しするためには、ニーズを想定して着手を早くするしかありません。だから未来がどうなるかを想定しておくことが大切。バックキャスティングを進めないと手遅れになるんです。当たり前のことですけどね」

単なる御用聞きではなく、先取りをする。そのための7500億円という額を開発費として投じるのだ。DX分野ではスマホに使用される小型リチウムイオン電池を中心に成長させてきたが、より高容量の中型市場の開拓に舵を切るとか。さらに打ち手のひとつとして、マーケティングを強化。営業と事業部、そして研究開発部門と連携して顧客の声を開発現場に届きやすくする。世界中の開発ネットワークを駆使して新規事業の種を探すTDKベンチャーズというコーポレートベンチャーキャピタルを米国西海岸に新設。これをマーケティングのアンテナとしても使う仕掛けを構築した。新たなアプローチとして、EXにも注力するという。

TDKがラインナップする二次電池

「単純に自然エネルギーに転換しただけでは、私はダメだと思います。そこで力になれる我々の部品は山ほどあるのです。このタイミングが、我々が加速すべきターニングポイント。ここで財布のヒモを締めていては、先々に社会のお役に立てないわけです。グッとお金を使ってグッと前に進めて、バッテリーなどの蓄電デバイスをEXのストライクゾーンにエンパワーする。またクルマのEV化はここ3~10年で大きく進むわけですから、ここでやらないと取り残されてしまう」

ESGの取り組みも抜かりなし。TDKのSDGs

ラインナップを強化するアプローチの一方、「TDKとして何ができるか」という課題についても考えが及ぶようになったという。持続可能な社会に貢献することが市場でも評価の基準になって久しいが、SDGsや社会貢献についてもちゃんと考えているのがTDKだ。

「少しずつ我々の意識も変わってきたんです。EXの技術開発を進める一方で、我々もエコ化する必要があることに気づかされました。EXの技術を作る会社が湯水のように電気を使っていては意味がない。たとえば部品を炉で焼くのに利用されるエネルギーは、投入するエネルギーのうちのごくわずかなもので、あとはロスとして消費されてしまいます。そこでワクワクするようなブレイクスルー技術を開発しました。近いうちに披露できそうです。課題意識があって、検討できる空気があれば、いい知恵が出てくるんだなとつくづく思いますね」

二次電池を手がける子会社ATLの寧徳工場

さらには、サステナビリティビジョンを策定した。「テクノロジーですべての人を幸福に」というシンプルなキーワード。女性がリードするサステナビリティ推進本部で考え抜かれたフレーズは、石黒さんのお気に入りだという。

「すべての人にもれなく幸せになってもらいたい。そのために私たちの技術を使ってもらいたいという思いがしっかり詰まっている。柔らかで、しかし芯のある言葉になったなと。それがまさに社訓『夢・勇気・信頼』とリンクしたんです」

この先もずっと尖ったテクノロジーを提供する企業でありたい

しかし、その実現のためには課題もある。これまでの技術開発は「いかに機能が優れているか」という一点に全集中すべきものだった。「いかに環境に貢献できるか」は、さほど重視されてこなかったのだ。

「開発者ってそんなことを考えたことがなかったんです。自分たちが開発しようとしているものが、どんな幸せに結びつけられるかの紐付けは大変です。できることならばCO2や発電量をこれだけ減らせると定量化したいと考えています」

テーマに対してテクノロジーで答えを出し続けてきた80余年。中期経営計画はバックキャスティングで構築されたが、実はTDKがずっと成長を続けてきた理由は、先に何があるのかを見越してきたことなのではないだろうか。

「TDKが育ってきた様を見ていると、常に前進する、そうしないと衰退してしまうという危機感がDNAにあるように思います。常に成長、変化をしないと、守りに入った段階で成長鈍化するだけになるのです。その姿勢を、先輩たちが背中で教え続けてくれました。TDKは何十年後もテクノロジーで世の中を良くし続ける会社でありたいと素直に思います」

それは当然おためごかしなどではなく、企業として抱く率直な志だ。

「テクノロジーは尖っていないとお役に立てません。商品に関わる技術だろうが、材料の技術だろうが、尖らせていきたい。しかし意味のない尖らせ方をしてはいけないわけです。世の中がどんなことを願っているのか、この先も感度高くあり続けたいと考えています」

この姿勢を貫いた先に、新たなブレイクスルーが待ち受けていることは想像に難くない。

(執筆:吉州正行)

<合わせて読みたい!>
テープから1兆円規模の世界的BtoBメーカーへ。大学由来の磁性材料を工業化・TDKの真の姿(前編)

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