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大きなビジネスチャンスだからこそ…

「デジタル給与払い」により、新たな決済アプリの競争が始まる?

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導入に向けて議論が進む「デジタル給与払い」。解禁されると、給料がスマホの決済アプリなどに直接入るケースが実現する。では、それが現実になった場合、労働者や企業にとってどんなメリット・デメリットがあるのだろうか。

また、決済アプリを運営する「資金移動業者」にとって、給料の支払いに関わることは大きなビジネスチャンスにもなる。人数や取り扱う金額の規模が大きいからだ。その意味で、各社いろいろな工夫を凝らすと予想される。

そのあたりのトピックについて、大和総研 金融調査部 主任研究員の長内智氏に取材。どんな変化が起きるのかを聞いた。

労働者にとっての不安は、個人情報が漏えいしてしまうこと


労働者におけるデジタル給与払いのメリットは、給料を受け取る際の選択肢が増えることや、週払いや日払いといった支払いの細分化が進むことなどが考えられる。これらについては別記事で説明した。

こういった変化は、労働者の働きやすい環境作りにつながるという。「副業やギグワーカーが増える中で、複数企業からの給与の支払い方法や支払い日を統一するといったことがしやすくなるでしょう」と長内氏はいう。

一方、労働者のデメリットやリスクとして考えられるのは、資金移動業者が倒産などのトラブルにあった場合だ。まだ受け取っていない給料をすぐに現金化できるかという懸念がある。こちらも詳しくは別記事で触れた。

「もうひとつ、デメリットとして考えられるのは個人情報保護への不安です。キャッシュレス普及が遅かった日本では、給料に関わる個人情報を資金移動業者に預けることに抵抗のある人も少なくないでしょう」

月々の収入や勤め先といった重要な個人情報がアプリから漏えいするリスクはゼロとはいえない。その点は資金移動業者の手厚い対応が必須となりそうだ。

ところで、労働者にはどのくらいデジタル給与払いへのニーズがあるのだろうか。公正取引委員会のアンケート調査(※)によると、ノンバンク(非銀行系)のコード決済を利用している人の約4割が「デジタル給与の利用を検討する」と回答しているという。「デジタル決済に慣れた人が調査対象者ではありますが、一定のニーズはあると考えられます」と長内氏は説明する。
※公正取引委員会「QRコード等を用いたキャッシュレス決済に関する実態調査報告書」(2020)

デジタル給与は、企業のコストを上げてしまう可能性も?

企業のメリット・デメリットも考えたい。まずメリットとして、銀行振込より手数料が安くなる可能性があるという。確かに、私たちがアプリで送金する上でも手数料は銀行より安いケースが多い。

「ただし、デジタル給与払いを企業が導入した結果、トータルコストが増すことも考えられます。銀行振込からデジタル払いに完全移行するなら別ですが、多くは既存の銀行振込に追加する形でデジタル払いが入るでしょう。また、新しいシステムを入れるための人件費やシステム対応の費用を加えると、思ったほどのコストメリットは見込めないかもしれません」

コスト面以外では、多様な支払い方法に対応していることが、労働者確保において企業のメリットになる可能性はあるという。

次に、資金移動業者のメリット・デメリットも考えてみたい。メリットは、いわずもがな新しいビジネスチャンスが生まれることだ。給与払いによる手数料収入の増加や新規ユーザー獲得はもちろんのこと、給料という収入の大もとに関わることで、他の自社サービスに誘導して収益を最大化できる可能性があるようだ。

「たとえば、自社の証券サービスや個人向け融資との連携は考えられますよね。スマホ決済アプリの運営企業は、多くが投資関連サービスを持っています。また、給料の情報と利用者の属性、決済データから見える購買行動を組み合わせて、利用者の嗜好に合わせたサービスも提案できるでしょう。この点は資金移動業者にとって大きなメリットです」

そういった可能性があるからこそ、資金移動業者の競争は過熱するかもしれない。長内氏は「資金移動業者は“シェア拡大”のためにいろいろな戦略を取ってくるでしょう。給料の支払いにポイントを付与する、あるいは企業の導入コストを割り引く、他の社内システムと連携するなど、さまざまな戦略が考えられます」という。

また、資金移動業者みずから自社の給与払いをデジタル化して、その価値やメリットを発信することも想像に難くない。たとえばソフトバンクでは、PayPayを使って社員に特別手当を支給するなど、その動きを予感させる実例も出ている。

一方、資金移動業者にとってのデメリットやリスクもあるという。それは資金保全や不正利用防止の対策費が予想以上にかさむ可能性だ。

「マネーロンダリングなどの対策費は、金融業界全体で年々上昇しています。資金移動業者は、銀行に比べて規制が緩いのが特徴でしたが、給料を扱うとなると同等の対策が求められる。扱う金額が大きいほどコストは上がるでしょう」

最後に、この改革により厳しい立場となるのが銀行だ。重要な顧客接点を失うことになるためだ。ただし、上述の資金保全や不正利用防止は銀行が得意な分野でもある。「銀行と資金移動業者が提携し、安全面を銀行がバックアップする形も出てくるかもしれない」と長内氏は付け加える。

さまざまなメリット・デメリットが想定されるデジタル給与払い。とはいえ、解禁されれば「働き方の柔軟性が増すのではないか」と長内氏。コロナ禍でライフスタイルが多様化する中、給料の支払いにも変化が起きるのか。動向を注視していきたい。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2021年9月現在の情報です

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