人口減少も跳ね返すポテンシャル
「日本ほど好条件のそろったマーケットは少ない」。大和総研・神田慶司氏は日本経済をどう見る
日本市場や日本経済に成長可能性はあるのか。いわば投資における“日本の未来”を有識者が占う連載「日本経済Re Think」。今回登場するのは、大和総研 シニアエコノミストの神田慶司氏だ。
神田氏は、大和総研が定期的に公表する日本経済の予測や見通しを取りまとめる人物。そんな日本経済のスペシャリストは、この国の先行きをどう予測するのか。率直に聞いてみた。
この1~2年の日本はどうなる? カギは経済正常化、半導体不足
まずは今後1~2年の日本経済について、神田氏は「プラスの成長が続くのでは」と比較的明るい見通しを示す。たとえば、神田氏も関わった大和総研のレポートを見ると、GDP成長率(実質GDP)の予測は、2022年度が+2.6%、2023年度が+1.8%となっている。
もちろん、ウクライナ危機やコロナの再拡大、インフレ、それにともなうアメリカや欧州の利上げなど、成長が下ぶれするリスクは多数ある。それをふまえても「想定以上の深刻さにならなければ、日本はプラス成長を維持するでしょう」と見る。
「理由として、日本はほかの先進国に比べてコロナからの経済回復が遅れたことが挙げられます。感染拡大が落ち着けば、経済活動の正常化が進み、遅れていた分を取り戻すと考えています。その意味で少なくとも来年頃まではプラス成長が見込めるでしょう」
日本でもモノの動きはすでに戻っているものの、外食や旅行、娯楽といったサービス需要は「依然として回復していない」と神田氏。しかし、その分「日本経済はコロナ前に戻る余地が大きい」とのこと。
それは同時に、インバウンド市場の戻りも期待させるという。「2019年に4.8兆円あったインバウンド消費は、感染拡大後にほぼ蒸発しました。すべて回復するのはまだ先ですが、消費が戻り始めれば日本経済の上積みになります」と話す。現在の円安はインバウンドには追い風。日本人のサービス消費を合わせて、この2年は「年10兆円を超える経済回復が見込めるのではないでしょうか」と言う。
「加えて、日本経済にとって重要な自動車産業も、この2年は大幅に増産する可能性があるでしょう。自動車生産は2021年から半導体不足などによる供給制約に直面していますが、2023年には半導体供給が正常化し、ペントアップ(繰越)需要に応えるための挽回生産が期待されるからです。コロナからの消費回復と自動車生産の回復、2つの面で日本経済にはプラス成長となるでしょう」
2030年を見据えた日本経済。成長のサインになる数字とは
さて、ここまでは今後1~2年、つまりは「短期」の予測だったが、もっと長期ではどうなるのか。たとえば2030年頃をターゲットにした日本経済を考えたい。この数年で仮に“コロナからの回復の遅れ”を取り戻したとして、その後、日本経済の成長は期待できるのだろうか。
「日本は良い条件がそろったマーケットだといえます。学生の学力はOECD(経済協力開発機構)加盟国の中でもトップクラスで、平均寿命の長さも同様です。産業を見ても、幅広いセクターに世界で活躍する企業があります。対外純資産や民間の保有する金融資産も潤沢です。これだけの環境を持つ国は、先進国でもほとんどありません」
ただし、良い条件はそろいながらも、日本の将来を悲観視する声は少なくない。実際、企業からの投資マネーも入りにくい環境にあるという。神田氏はその理由をこう説明する。
「やはり大きな理由は人口減少です。国立社会保障・人口問題研究所の中位推計によると、現在1億2500万人程度である総人口は2065年には8800万人程度まで減る見込みです。企業がその市場で売上を保ち続けるには、1人あたりの消費を上げないといけません。それはビジネス上、非常に難しい命題。結果、外からの投資マネーも他の国に流れてしまいます」
さらに企業だけでなく、個人投資家となる日本の一般生活者も、投資に向かいにくい状況があるという。
「今後の人口減少・高齢化に対して、社会保障や財政の見直しがなかなか進みません。現制度を維持するのが難しいのは誰もが気付いており、将来の医療・介護費がどうなるのか、どれだけ負担が増えるのか見通しのつかない状態になっています。基礎年金の給付水準は長期にわたって引き下げられる見通しで、若い世代ほど将来に対する不安が強い。その結果、家計はリスクに備えようと消費に消極的になり、結果として個人金融資産は2000兆円を超えました」
これらをふまえて、日本経済が好転していくとしたらどんなときなのか。神田氏は「決して簡単ではありませんが、変わる可能性はあります」と答える。
「まずは人口減少に対して、国がどれだけ明確な戦略を示せるかでしょう。ポイントは少子化対策です。大きな社会的課題であり、一朝一夕では解決できませんが、国の対策が魅力的に映れば民間企業は投資を増やし、経済が活性化する可能性があります。」
人口減少は課題だが、それでも日本というマーケットの規模は大きい。「先進国でいま、1億人を超える国はアメリカと日本しかありません」といい、また8800万人程度まで減少するとしても「現在のドイツが先進国3番目の人口規模でおよそ8300万人。減少してもマーケットの規模は十分に大きい」という。
一方、個人消費が活性化するためには「将来の社会保障の給付と負担のバランスを示し、その実現に向かって実効的な計画を示すこと」も重要になるという。「社会保険料率が安定して将来の給付水準が明確になれば、社会保険料控除後の手取り所得が増加し、所得のうち消費に回る割合(消費性向)が高まる可能性があります。また、預貯金として滞留している2000兆円の個人金融資産の一部が有価証券に向かえば、勤労所得と資産所得の両面から個人消費を刺激します」という。
「少子化や全世代型社会保障改革は、もはや日本の重要な成長戦略なのです。どれだけ具体的で魅力的な計画を作れるか、それが今後の日本経済を占う大きなポイントです」
なお、神田氏は「投資家がチェックすべき数字」として出生率の推移を挙げる。出生率が上がれば、それは日本が好転するサイン、成長を期待できるサインになる。
ミクロで見たとき、今後伸びるセクターは?
日本経済“全体”の先行きについては、以上の通り。では、業種やセクターといった“ミクロ”な視点で見たとき、今後の日本で伸びそうな分野はあるのだろうか。
「脱炭素化もそうですが、DXやデジタル化の分野は相当な伸び代があると思います。なぜなら日本は技術力が高く、インフラも整っていながら、それをまだ十分に活用しきれていません。逆に言えば十分な伸び代だといえます」
一例として、神田氏は「マイナンバーのシステムが導入されて久しいですが、カードの普及率は7月末で46%にとどまるなど活用が進んでいません」と口にする。
「特に中小企業や地方企業は、アナログな作業がまだ相当残っている状態です。一方、今後の人口減少と、それにともなう過疎化によって、これらの企業の人手不足が深刻化するのは間違いない。立地的な問題を解消するにはデジタルが必要不可欠でしょう。だとすると、この分野は当事者の取り組みや工夫によっては伸びる余地が大きいです」
デジタルが埋める“余白”は多分にあり、そしてその余白を埋めるニーズも間違いなく発生する。加えて、それらを導入する技術力やインフラもある。だからこそ、DXやデジタル化といった分野はまだまだ伸びるという見解だ。
短期・長期における日本経済の見通し。そして、ミクロで見た日本のこれから。もちろん不安や課題はあるが、あくまで日本は「好条件のそろったマーケット」。課題をクリアした暁には、明るい未来が広がる可能性は十分にある。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2022年7月現在の情報です