厚生労働省に聞く「公的年金シミュレーター」誕生秘話・後編

諸外国の事例を取り入れ、世界の先を行く年金シミュレーターが生まれた!

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2022年4月に試験運用を開始した「公的年金シミュレーター」。直感的に操作ができて、将来受給可能な年金額を簡単に試算できるツールだ。

公的年金シミュレーターhttps://nenkin-shisan.mhlw.go.jp/
前編では開発当初の話や実証実験について、厚生労働省年金局の的羽俊弥さん、菊地英明さん、新藤壮一郎さんに伺った。後編では「公的年金シミュレーター」に加え、年金の情報を“伝えること”の重要性について聞いていこう。

「3つのスライドバー」が将来のシミュレーションのポイント

――前編で「公的年金シミュレーターの開発は、国内外の知見も交えながら」とお聞きしましたが、海外の機関ともやり取りをしていったのですか?

菊地「そうですね。私がかつてアメリカ国務省のフェローとして渡米し、非営利団体AARPのシンクタンク部門に客員研究員として在籍し、金融リテラシーや年金ダッシュボードの研究をしていたこともあり、海外に人脈があったり諸外国の情報をある程度知っていたりしたので、参考にしながら進めていきました。

そのなかのひとつが、現在の『公的年金シミュレーター』で表示している面積グラフです。当初円グラフで表現する予定でしたが、イギリス内閣官房で行動科学を研究しているBITという団体とともに検証をした際に、『面積グラフの方がわかりやすいよね』という話になったんです。福祉国家として有名なデンマークやスウェーデンの年金ダッシュボードも、面積グラフなんですよ」

――諸外国の優れた部分を参考にしてできたものが「公的年金シミュレーター」なんですね。

菊地「はい、でも実は、各国の年金ダッシュボードになかった新しい部分が『公的年金シミュレーター』にはあるんです。『今後の年収』『就労完了年齢』『受給開始年齢』という3つのスライドバーを備えていること。

デンマークやスウェーデンでも、スライドバーは『受給開始年齢』だけです。しかし、年金額は受給し始める年齢だけでなく、年収や就労期間によっても変動します。働き方や職種によっては早く退職せざるを得ない方もいますし、長く働きやすい方もいます。貯蓄や投資の形も人それぞれですよね。年齢・年収・就労期間という数字をいじってシミュレーションすることで、自分にとってどんな働き方、暮らし方がベストなのかを考える一助になれたらと考えています」
――確かに、年金は複数の要素が合わさって決まるものですよね。

菊地「そうなんです。スライドバーを動かすと、リアルタイムで面積グラフが変化するので、楽しみながらシミュレーションしてもらえると思います。

海外の専門家にも『公的年金シミュレーター』を見ていただいたのですが、ペンシルベニア大学のオリビア教授には、『スライドバーを動かしたくなる仕様が効果的だし、長寿化による経済リスクと一生涯の収入源の重要性が世界的に重視されるなかで、手軽に試算できるツールができたことは大きい』と言っていただきました。AARPのデヴィッド氏からも、『極めて理解しやすいシミュレーターで、諸外国のダッシュボード開発のお手本になる』という評価をいただき、とても光栄です」

広報は“ベストな生き方を選ぶための選択肢を提供して支えること”

――「公的年金シミュレーター」は本当にわかりやすくて、“年金=難しい”というイメージが薄まった気がします。

菊地「わかりにくいものをわかりにくく表現するのは簡単ですが、年金広報検討会としては、いかにわかりやすく表現するかがとても重要な使命なんですよね。そのうえで参考にしているのは、スウェーデンです。

スウェーデンの金融に関する広報活動は非常に進んでいて、福祉への関心度が低い若い世代をターゲットに、ゲーミフィケーションを取り入れたりポッドキャストで発信したり。コミュニケーションチャネルをうまくセッティングして、わかりやすく届けているんですよ」

――日本でも、スウェーデンを参考にした取り組みを進めているのですか?

菊地「例えば、学生向けの年金の授業のために、『わたしの年金とみんなの年金』という資料をつくっています。年金局が公的に出している資料は情報が細かく、学生には伝わりにくい部分があるので、見やすくわかりやすくつくり変えているんです。

また、子ども向けに『年金のひみつ』という漫画を制作し、全国の小中学校に配布したり、QuizKnockさんとコラボして年金に関する動画を出したり、若い世代に届くような企画も発信しています。日本人はクイズが好きな国民性があり、年金とクイズは親和性があるという研究論文も出ているそうで、QuizKnockさんの動画は84万回再生を超えているんですよ」

QuizKnock【年金について日本一わかりやすく説明しようとしたらこうなった】
https://www.youtube.com/watch?v=KrKPt05Jsvk&t=1s

――国民性も踏まえて、発信しているんですね。

菊地「広報の目的は“情報を知ってもらうこと”ではなく、“一人ひとりがベストな生き方を選ぶための選択肢を提供して支えること”だと思っています。我々は『こうしてほしい』と訴えるのではなく、『こういう選択肢があるなかで、あなたはどうしたいですか?』と投げかけることが仕事ではないかと。そして、情報を受け取った方が、『こういう行動を取るとこんなメリットがあって、こんなデメリットもある』と理解できるツールを提供することが重要だと考えております。

年金や老後に関しては、一般論で考えると、平均余命が長くなれば健康寿命も長くなると、長く働きたいと考える方も多くなると考えられます。しかし、人によっては就労環境的に長く働けないかもしれない。病気やケガで退職せざるを得なくなるかもしれない。そうなったときにどう行動すればいいのか、考えるための選択肢を、『公的年金シミュレーター』をはじめとしたさまざまなツールで届けていきたいですね」

年金受給の際の「税金」「社会保険料」も見える化できたら

――「公的年金シミュレーター」の試験運用が始まって、ユーザーからはどのような声が届いていますか?

菊地「びっくりしたエピソードなのですが、私の知人が『こんなに試算しやすいサイトがあるのよ』って見せてきたのが『公的年金シミュレーター』だったんです(笑)。私は公職に携わっているので仕事の話をしないのですが、知人はまったく知らずに見せてきたんですよ。面白かったですが、これがリアルな声なのかなと感じました。

意見を送る手間を取らせないというスタンスで幅広くユーザーの声を集めていますが、『ここを直してほしい』といったツールへの改善要望は、想定していたよりは届いていないのが現状です。その意味では、スムーズに使って満足してもらっている人が多いと受け止めています」

新藤「定期的に学生との対話集会を開催しているのですが、今後はそういった場で『公的年金シミュレーター』の話を出すことで、若い方にどう受け入れられるかといったところもヒアリングしていきたいですね」

菊地「『公的年金シミュレーター』は16歳から使えますし、中高生のなかには進学せずに就職する方もたくさんいるので、『自分の将来はこうなるんだ』と気づいてもらいたいですね。教育の現場でも取り入れてほしいです」

――最後になりますが、『公的年金シミュレーター』での新たな展開など、考えていることはありますか?

菊地「ユーザーの声はあまり届いていないとは言ったのですが、そのなかでも多少見られるのが『年金を受給する際にかかる税金や社会保険料について知りたい』という声です。例えば、年金100万円受け取る場合に税金と社会保険料で10万円発生するとしたら、手取りは90万円。これは、私自身も知りたい情報だと感じました。

ただ、税金や社会保険料は団体や地方自治体によって異なるので、どのように試算していくかを考える必要があると思っています。年金総額と受け取る金額の違いは重要なポイントなので、大まかにわかるような仕組みを皆さんに届けられるように、開発を進めていきたいと考えています」

ただ数字が出てくるだけでなく、そこから現在の働き方や老後の暮らしを想像するきっかけになる「公的年金シミュレーター」。使いやすさ、伝わりやすさを重視して開発されたシミュレーターを活用して、自分の将来を考えてみよう。
(取材・文/有竹亮介(verb) 撮影/森カズシゲ)

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