なでしこ銘柄選定企業を取材
男性社会のイメージが強い不動産業において「女性活躍」を進める三井不動産
女性活躍推進に優れた上場企業を選定する「なでしこ銘柄」。経済産業省と東京証券取引所が主催しており、令和4年度は15社が選ばれた。
(参考)生まれ変わった「なでしこ銘柄」の顔ぶれと評価のポイント
各社は一体どのような施策で女性の後押しをしているのだろうか。そこで話を聞いたのが、選定企業の一社である三井不動産。“男性社会”のイメージが強い不動産業界の中で、同社は最重要経営課題としてこの状況を変えようと取り組んでいる。なぜなら、女性の視点は三井不動産のビジネスに大きな影響力を与えるからだという。
同社が進める女性活躍推進の取り組みについて、三井不動産 人事部D&I推進室の中安理恵氏に聞いた。
「当社は長い間、同質性の高い男性社会でした」
「街づくりを推進していく上でもっとも重視すべきは、多様化するお客さまのニーズや価値観に応え、満足していただく商品・サービスを提供することです。そのためには、私たち自身が多様性を包摂することが大切だと考えます。多様性の中でもまず当社が重要テーマとして取り組んでいるのが女性活躍推進です。なぜなら、私たちのビジネスは女性の視点が大きな影響力を持つにもかかわらず、当社は長い間、同質性の高い男性社会だったからです」
三井不動産では女性活躍推進を経営の課題と捉え、取り組みを進めてきた。活動を率いる中安氏は、この問題を経営レベルで考える理由について、上述のように説明してくれた。
「ニーズや価値観が多様化し、たとえば日本橋室町三井タワーでは、非常時にもエネルギー供給が可能なエネルギーレジリエンス向上と地球環境に優しい街の実現のため、地下に発電設備を設けて周辺地域にも供給、商業施設ではリアルとバーチャルを連動させたイベント実施、ホテルでは人気キャラクターのコラボルームを企画するなど、従来の不動産業の枠組みを超えた知見が必要に。多様な人が集まり、多様な価値観や発想を受け容れる会社にならなければ、この変化に対応できないでしょう」
不動産業界は、長らく男性社会だったといえる。たとえば2015年における三井不動産の女性管理職比率は1.5%ほど。2023年には7.7%まで向上したが、依然として差は大きい。最近の女性採用比率は4割を超えているが、女性総合職の年齢構成が若い世代に寄っており、女性管理職比率は低い水準にある。
「その中で2025年の女性管理職比率10%を目指すなど、具体的な目標値と年度ごとの方針を決め、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)や女性活躍を全社一丸となって進めています」
中安氏は「決して私たちは女性活躍の取り組みが進んでいる企業ではありません。むしろ遅れているのが実情です」という。そこで重点的に行ったのが、D&I推進が企業にどんな好影響を与えるのかを、経営層の議論で言語化したこと。
具体的には、好影響が生まれる場所として「社内・社外」を横軸に、「財務的価値・非財務的価値」を縦軸にして四象限に分類し、具体的な言葉にしたという。
たとえば、女性活躍推進によって“社外”で生まれる“財務的価値”(1. プロダクト・イノベーション)として、多様な顧客ニーズに沿った新商品・サービスの創出が起きやすくなる。同じく“社外”の“非財務的価値”(3. 外的評価の向上)では、幅広い意見を尊重する会社になり、顧客やビジネスパートナーから選ばれ市場評価や人材獲得につながる。
“社内”の“財務的価値”(2. プロセス・イノベーション)としては、さまざまなメンバーが働くことで新しい視点から不要な業務の効率化、生産性向上が起きる。たとえば、組織知の共有や業務標準化の推進、在宅勤務でも仕事が出来るようオンライン環境を整えるなど。最後に“社内”の“非財務的価値”(4. 職場内の効果)では、多様な意見を受け入れる組織風土により従業員のエンゲージメント向上をもたらす。
こうして好影響を整理した後、社長から活動の意義を動画で発信し、その後、副社長と各事業本部長がリレー形式でD&Iの重要性の動画メッセージを発信したという。
子育て社員が当事者となり、商業施設の新たなアイデアを実現
具体的な施策も行われており、たとえば本部長と従業員が直接話す「本部長塾」では、女性をはじめ、さまざまなキャリア・バックグラウンドの社員の声を聞く機会を設けた。「お昼の時間に、D&Iについて語るイベントを社員が自主的に行う例も出ています」という。
女性の活躍がビジネスにつながる事例も出ている。先述した言語化に当てはめれば「社外での財務的価値向上」だ。
「商業施設の『ららぽーと』で進めている『ママwithららぽーと』の取り組みは、有志で集まった子育て中の社員の視点を反映したものです。子連れの人にとって『ららぽーとにどんなものがあったら便利か』を当事者として考え、フードコートに座敷タイプの席を設けるなどのアイデアが実現。赤ちゃんがいても快適に食事ができるスペースにしています」
また、部門を超えて作られた女性中心の組織により、三井のオフィスで働く環境を改善する施策も生まれている。
「オフィス近くで学童イベントを行い、お昼休憩にはお子さまと一緒にランチを取れたり、乳がん検診に行きたいけど時間がないことを考え、乳がん検診車をオフィス近くに用意したりするなど、女性やママの目線をもとにした事例が出ています」
取り組みを進める上で、これからのカギも見えてきた。たとえば女性管理職を増やすには、ロールモデルの少なさに対するフォローが必要になる。
「社員アンケートを見ると、女性社員が『自分のスキル・能力に自信が無い』『従来の管理職のやり方はできない』という傾向を見て取れました」
すぐに解決するのは難しいが、同社ではメンター制度という形で部門長が相談に乗り、マネジメント力強化のための助言や社内外のネットワーク構築支援を受けることで、キャリアのステップアップへの意識のハードルを下げたいという。
「全社施策に加えて各組織で施策を実行しており、今後は進捗状況を提出してもらいながら好事例を共有していく予定です。また、先進的な企業へのヒアリングも継続したいですね。D&Iや女性活躍はひとつの企業で完結できるものではありません。社会全体が変わる必要があります。だからこそ、企業同士の情報交換が必要ではないでしょうか」
男性社会のイメージが強い中、三井不動産が取り組む女性活躍推進。「街づくりはいろいろな人が関わり、チームで行うもの。だからこそ多様な人が手を取り、お互いを認め合って力を発揮できる会社にしたい」と中安氏。同社の取り組みは、良い街を作ることに直結していく。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2023年8月現在の情報です