企業の資本効率の向上を図ることでリターンを目指すETF
【前編】独立系運用会社シンプレクス・アセット・マネジメントが市場に放つ“エンゲージメント型”ETFとは
2023年9月7日、東京証券取引所で日本初となるアクティブETFの上場がスタートした。
これまで日本で上場されていたETFは、株価指数などの特定のインデックスに連動するものだったが、新たに上場開始となったアクティブETFはインデックスに連動しない。運用会社やファンドマネージャーが運用方針に沿うように組み入れ銘柄や資産配分を決め、リターンを追求していくETFだ。
2023年9月に上場されたアクティブETFのうち、3つを運用しているシンプレクス・アセット・マネジメントは、日本初の“エンゲージメント型ETF”とうたっているが、どのような銘柄なのだろうか。シンプレクス・アセット・マネジメント マネージング・ディレクターの棟田響さんに聞いた。
アクティブファンドとETFを手掛ける運用会社
――最初に、シンプレクス・アセット・マネジメントの運用会社としての特徴から教えていただけますか。
「当社は、銀行や証券会社などの親会社を持たない独立系の運用会社です。1999年に設立し、2005年に代表取締役社長に就任した水嶋が日本株を組み入れたファンド(投資信託)をつくる動きを起こし、2006年から機関投資家向けのバリューアップ・ファンドをつくっています。バリューアップ・ファンドとは、株価が割安と考えられる企業を投資対象とし、その企業の価値向上を図ることで、リターンを目指すファンドです。
2009年から個人投資家向けのETFビジネスもスタートしているので、一般的にはETFの会社というイメージを持たれているかもしれませんが、実は機関投資家向けのアクティブファンドのほうが事業規模が大きい会社です。ありがたいことに、日本株を対象としたファンドのなかで当社の銘柄はリターンもシャープレシオも高いと評価していただいています」
――アクティブファンドとETFの運用を行っているということは、その2つのいいとこ取りともいえるアクティブETFの構想は、以前からあったのですか?
「海外では以前からアクティブETFが取引されていたので、日本でもいつか上場できるのかなと考えていました。既に運用しているアクティブファンドを、そのままアクティブETFにする案もあったのですが、当社のアクティブファンドは中小型株に集中投資するものが多かったため、ETFで実現するのが難しく、乗り越えるべきハードルは多々ありました」
――どのような点がETFだと難しいのでしょうか?
「ETFは組み入れ銘柄や資産配分を日々開示するので、中身をさらした状態で流動性の薄い中小型株に集中投資を行うと、その後の売り買いが難しくなりやすいのです。また、中小型株は基本的にマーケットメイク方式で売買することになりますが、マーケットメイクの具体的なやり方まで落とし込むのが難しかったです」
エンゲージメントしながらリターンを目指すETF
――9月に「PBR1倍割れ解消推進ETF」「政策保有解消推進ETF」「投資家経営者一心同体ETF」という3つのアクティブETFを上場されましたが、どのように誕生したのでしょうか?
「当社のアクティブ運用は、企業とエンゲージメント(対話)しながらリターンを目指すスタイルと、まだリサーチされていない中小型株を買っていくスタイルの2パターンがあるのですが、前者のほうがアクティブETFと相性がいいのではないかと考えました。実際に『PBR1倍割れ解消推進ETF』『政策保有解消推進ETF』は、エンゲージメントしながらリターンを目指すアクティブETFです。
PBRとは現在の株価が企業の資産価値の何倍かを測る尺度で、資産が有効活用されていないとPBRが低くなります。PBR1倍が株価の底値といわれていますが、日本企業はPBR1倍割れも多い。その状態を金融庁や経済産業省が問題視したこともあり、いまはPBR1倍割れに改善の兆しが見えてきています。そこで、現状はPBR1倍割れではあるものの改善しそうな企業の株式を組み入れ、エンゲージメントを重ねることで資本効率を改善し、リターンを目指す『PBR1倍割れ解消推進ETF』をつくりました。
『政策保有解消推進ETF』も同じで、各社が政策保有株式を減らして資本を効率的に活用することを期待し、エンゲージしていくETFです」
――バリューアップ・ファンドの考え方が応用されているのですね。そして、エンゲージメントを重ねるETFだから、“エンゲージメント型ETF”と銘打っていると。
「そうなんです。PBR1倍割れや政策保有の改善を政府が後押ししていることもあり、企業側もエンゲージメントに応えてくれるようになってきています。経営陣やIR担当者と対話し、考えを変えていくことで、企業の資本効率が上がり、投資家へのリターンにもつながると考えています」
――3本目の「投資家経営者一心同体ETF」は、運用方法が異なるのですか?
「『投資家経営者一心同体ETF』は、既にいい状態の企業の株式を組み込んでいます。経営陣が自社の株式を保有することで、投資家と経営者が一心同体となり、中長期的な企業価値の拡大が期待されるという考え方を用いたETFで、経営陣が自社株を数%でも持っている企業を応援するスタンスで運用しています。数%であっても個人資産においては大きなウェイトを占めるので、投資家目線での経営が行われるだろうと考えています」
企業の気付きを生んだ「PBR1倍割れ解消推進ETF」
――アクティブETFを上場して、反響はいかがですか?
「『PBR1倍割れ解消推進ETF』は新聞をはじめとするメディアで取り上げていただいたこともあり、組み入れている企業から多くの問い合わせをいただきました。『このETFに入ったということは、改善するべきなのではないか』といった内容の問い合わせがほとんどで、企業側から『役員が会いたいと言っている』と連絡をいただいたところもあります。IR担当の方からは、『このETFができたことで、PBR1倍割れの改善や株主目線の経営の重要性を経営陣に伝えやすくなった』という声もいただきました。
PBR1倍割れに関するETFが、企業が改善に動き出すきっかけになったらという思いはもともとあったのですが、ここまで早く影響が及ぶとは思っていませんでした。このETFができたことで、企業側もPBR1倍割れを問題視し、改善に動き出そうとしているのは、いい変化ではないかと感じています」
――「PBR1倍割れ解消推進ETF」によってPBRという言葉や1倍割れの問題の認知が上がり、企業も注視し始めたという側面もありそうですね。
「そうだとうれしいですね。世の中的にも、政府や省庁をはじめ、取引所も経営の効率化を重視し始めたことで、PBRや政策保有が話題に上ることが増えて、企業も注力せざるを得なくなってきたのかなとも思います。
10年前だと、ROE(自己資本利益率)の話をしてもピンときていない経営陣やIR担当者の方もいたので、エンゲージメントするためにラーメン屋などの事例を出しながら資本効率を理解してもらうというステップを踏んでいました。その点、これからは双方がPBR1倍割れの問題点を理解したうえでエンゲージメントしていけるので、経営の効率化が進みやすくなると期待しています。
企業へのアプローチはもっと時間がかかると思っていたので、うれしい誤算でしたね。政策保有や経営陣の自社株保有についても、注目が高まると感じています」
リターンを目指すだけでなく、日本の企業や経済全体にプラスの影響を与えることを運用方針としているシンプレクス・アセット・マネジメントのアクティブETF。後編では、投資家の反応やこれからのETF市場について聞く。
(取材・文/有竹亮介(verb) 撮影/森カズシゲ)