個人投資家が問いかける「“本当のESG投資”とは?」~前編~
【ESG投資を知る】24年間の投資経験から考える「ESG投資」のコツ「“本当のESG投資”とは?」
会社のESG(環境・社会・ガバナンス)に関する取り組みを評価し、投資先を選んでいくESG投資。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)をはじめとする機関投資家が中心となって進めている投資手法だが、近年は個人投資家でもESGを意識して投資する人が出てきている。
個人投資家がESG投資を行うには、どのような知識が必要になるだろうか。24年の投資経験を持ち、ESGという言葉が出てくる前から会社の定性情報(数値で表すことができない情報)をもとにした投資を行ってきた個人投資家の吉田喜貴さんに、ESG投資のコツを聞いた。
「株主として自慢できる会社の株を持ちたい」という思い
――そもそも吉田さんは、どのようなきっかけで投資を始めたのですか?
「大学4年生の春に、母から『あなたの世代は年金をもらえない可能性があるから、株式投資の勉強をしなさい』と言われて、へそくりの100万円を渡されたのがきっかけです。当時はITバブルのピークだったんですが、マネー雑誌の情報を鵜呑みにして有名な会社に投資したら、あっという間に資産が半分以下になってしまって(苦笑)。
株価チャートやニュースに振り回されずに投資したいと思い、簿記や財務諸表の勉強をして、AFPや日商簿記2級の資格を取ったんです。そこからは各社の会計情報を見ながら、投資判断していきました」
――当時は会計情報をもとに判断されていたのですね。ESG投資に注目したのは、いつ頃だったのでしょう?
「2008年です。まだESGという言葉はなかったんですが、坂本光司さんの『日本でいちばん大切にしたい会社』という本を読んで、会社の定性情報にも着目しないといけないと気付いたんです。私は個別株を短期売買するのではなく、長く持つスタンスで投資していたので、長く持つなら株主として自慢できる会社の株を持ちたいと思ったのが最初です。
当時、リーマン・ショックの直前でドルの信用度が低くなっていて、投資家がリスク回避のために資金を商品先物取引に移した結果、食品の値段が上がってしまったんです。そうなると、途上国の人たちが食べるものに困ってしまう。そのニュースを見たときに、投資したお金の行き先によっては、巡り巡って誰かの命を奪ってしまう可能性があることに気付いたところもあって、会計情報だけで考えてはいけないんだなと。
投資って、お金に余裕のある人しかできないことですよね。一方で、投資は未来に対する投票権のような働きがある。普通の選挙と違って、投資という投票権は平等ではないんです。だからこそ、金儲けのためだけに投資をしてはいけないんだと気付いたのが、その頃です」
――「未来に対する投票権」と捉えると、投資やお金の力を改めて考えさせられますね。当時の吉田さんは、定性情報で判断するために、勉強や準備をされたのですか?
「リーマン・ショックが起きたことで、投資についてより深く学びたいと思い、大学院に進みました。その大学院では、大和総研でCSR分野を担当していた河口真理子さんが非常勤講師をされていて、数社のCSRレポートを比較評価する課題が出されたんです。そこでCSRレポートの存在を知り、投資の意思決定に活かすようになりました。
当時のCSRレポートはフォーマットがなかったので、各社の個性がよく出ていたんですよね。数百社のCSRレポートを読むと、他社に横並びの感覚でとりあえず発行しているだけの会社があったりして、各社の姿勢が見えるんです」
――そんなに違いがあるものだったのですね。CSRレポートのどのような部分に注目していましたか?
「いい取り組みを見つけるというよりは、ダメな会社を見分けるために使っていたところがあります。先ほども話したように、横並びの姿勢が見える会社は避けていましたね」
投資の基準は「会社の成り立ちや取り組みに共感できるかどうか」
――2008年から定性情報に着目してきて、リターンなどに影響はありましたか?
「定性情報に着目するほうがリターンは増えるのではないか、という感覚はあります。会計情報だけを見ていると、業績が悪くなったタイミングで売ってしまいがちですが、財務以外の情報も見ていると『もう少し持っていようかな』って思えるんですよね。一時的に落ちただけで今後は期待できる、という判断につながると思います。
いまESG投資が注目されているのも、ブランドや特許などの無形固定資産に関する数字にできない評価も時価総額に乗ってくるところがあり、会計情報だけでは評価できないという流れが起きているからではないでしょうか」
――会社を総合的に見て、投資判断をしていく時代に変わってきているということですね。
「そうだと思います。ただ、個人投資家の場合は、単にIR情報だけを見て判断するのではなく、自分自身の価値基準をしっかり持つことも大切だと感じています。世の中的にESGの観点で評価されていたとして、自分が共感できるかどうかという視点ですね」
――吉田さんは、どのような価値基準で投資されていますか?
「CSRレポートのときと同じで、共感できない会社を外すという形で考えています。例えば、Facebookは、創業者のザッカーバーグ氏が学生時代に女子学生にフラれた腹いせに、学内のサーバーをハッキングして得た女子学生の写真を並べて投票するサイトをつくったのがルーツといわれています。私は創業の目的や創業者の想いを重視しているのですが、どうもFacebookの起源に共感ができないんです(苦笑)。だから、米株を買うときも、Meta(旧Facebook)を含むS&P500をまるごと買うといった方法は取りません」
――お話を聞いていると、就職先を決めるときの判断基準にも近いものがありそうですね。
「一緒だと思います。勤めるのも投資するのも、自分の時間やお金を預けるという点は同じなので、どこの会社に所属したいかという観点で見ていくと、考えやすくなるかもしれません」
会社が発信する情報を“疑問視する目”も必要
――現在は世界的にESGに目が向いているので、吉田さんがCSRレポートを読み始めた頃と比べると情報も集めやすくなっていそうですよね。
「これは私の捉え方ですが、ESGといわれるようになってから報告書などのフォーマットが決められたので、かえって各社の個性を見出しにくくなった気がしています。また、ESGの評価などに対応するため、各社のIR担当者の業務が増えたり、外部からコンサルタントを入れなければいけなくなったりして、結果的に株主価値が毀損しているようにも感じています。
あと、先ほど話した“未来に対する投票権”の観点で危惧する部分もあります。ESGとうたうことでお金が集まるようになってしまうと、一部の富裕層やお金を手にした創業者が解決したい課題を優先してお金が分配される、という状況になりかねません。そこは民主主義に反する側面があるので、注意しなければいけないところだと感じています。きちんとESGの取り組みを行っている会社がほとんどだと思いますが、個人投資家は会社が発信する情報をすべて信じるのではなく、疑問視する目も持っていないといけないと思います」
――ESG投資の考え方は重要ですし、社会が変わるきっかけになると思いますが、正しく機能してこそということですね。
「そうですね。そもそも会社を立ち上げるのは、創業者や創業メンバーに何かしらの社会課題を解決しようという思いがあるからです。どの会社も、どこかを切り取ればESGに該当するはずなので、ESGという言葉だけを追うのではなく、その会社の事業内容や共感できる部分をしっかり見極めていく必要があると思います。個々の会社に目を向けると視野が広がり、投資先を決める基準も明確になってくると思います。その第一歩として、まずはESGという観点で会社を見ていけるといいのかなと思います」
社会的なESG評価を参考にしたうえで、自分は共感できるかどうかという視点が大事。そう考えると、投資先を判断しやすくなりそうだ。後編では、個人投資家がESG投資を行う際の注意点を聞く。
(取材・文/有竹亮介(verb) 撮影/森カズシゲ)