子育てにまつわるお金の話

小説家・外山薫が考える「子どもにとって本当に必要な学び」-前編-

年収1000万円超の家庭でも陥る可能性がある「教育費貧乏」

TAGS.

人生の3大支出のひとつである「子どもの教育費」。一般的に大学進学まで考えると、トータルで1000万円ほどかかるといわれているが、これはあくまで平均値。早い段階で私立校に進むと、さらに費用は増えると考えられる。

世のなかのパパ・ママは、教育費をどのように捉え、何にお金をかけているのだろうか。中学校受験や小学校受験をテーマにした小説『息が詰まるようなこの場所で』『君の背中に見た夢は』の著者で、執筆にあたって子育て世帯への取材を重ねてきた外山薫さんに、現代の教育費事情について伺った。

「みんなも受験する」という同調圧力が生む教育費貧乏

『息が詰まるようなこの場所で』『君の背中に見た夢は』著者の外山薫さん

中学受験と超高層マンション(タワマン)に住む人々の生活をテーマにした第一作『息が詰まるようなこの場所で』は、学生時代の友人との何気ない会話がきっかけで構想を開始したそう。

「私は現在39歳で子どももいるのですが、友人のなかには20代後半で子どもを授かり、30代半ば辺りで子どもが小学校に入ったり中学受験の準備を始めたりしている人もいて、『意外と金がかかる』って話が出てくるようになったんです。いつからか、学生時代の友人と飲むときのテーマが『教育費』になりましたね」(外山さん・以下同)

話を聞いてみると、年収1000万円超えのエリートと呼ばれる友人でも、教育費を負担に感じていることがわかったという。

「『タワマン買って、中学受験したら、子ども2人目は難しい』『貯金もできない』という話を聞いて、世間的には勝ち組と思われているエリートが、実際は全然勝っていないことを知ったんです。中学受験をする家庭って、一作目の舞台にした湾岸エリアのタワマンに住んでいることも多くて、その地域だと7~8割の小学生が塾に通っているという話を聞きました。そのなかで生活していると、同調圧力のようなもので中学受験するのが当たり前という感覚になってしまうのかもしれません」

中学受験のために塾に通わせると、小学校4年生から6年生にかけての3年間の月謝や夏期講習などを含めた相場が300万円ほどになるそう。さらに、個別指導塾や家庭教師の費用がプラスになることもあるという。私立に合格したら、その後の学費や交際費も公立より高くなるだろう。

「もっと大変なのが小学校受験です。塾代は中学受験とほとんど変わらないようですが、体操教室や絵画教室にも通わせたり、願書の添削サービスを利用したりすると、費用は上乗せになります。また、親と一緒に体験した思い出を子どもが語れるようにする必要があるため、受験のために海外旅行に行く家庭もあるようです。小学校受験の費用は青天井だといえます」

受験に踏み出したことによって、平均より収入が多かったとしても、教育費で精一杯になってしまうケースがあるのだ。

「とはいっても、小学校や中学校の受験をするのは都市部でもごく一部の層なんです。ただ、SNSが発達した現代は受験をしている家庭や難関校に合格した子の情報が入ってきやすいので、都市部にいるとみんなが受験していると思ってしまいやすいんですよね。塾に通わせ始めて引くに引けなくなって、教育費貧乏に陥ってしまうのだと思います」

外山さんの話にも出てきたように、7~8割の子が塾に通っているのは限られたエリアの話。都市部から離れると、見える景色はガラッと変わるという。

「私は東京出身ではないのですが、地元に残っている友人と話すと、子どもが3人以上いる家庭もたくさんありますし、サッカーやそろばん、くもんに通わせている家庭もありますが、習い事の費用は1人あたり月1万~2万円程度。だから、『教育費で大変』みたいな話はあまり聞かないんですよね。一作目でも湾岸エリアと千葉の流山市を対比させましたが、流山市くらいまで離れると受験熱も割と落ち着いていて、『地元の公立も優秀だから、公立で考えている』という人も多いんです。子育てするエリアも大切かもしれないですね」

「塾の費用を払えてしまう家庭」こそ要注意

年収1000万円を超える人でも子どもの教育費に苦労するのは、住んでいるエリアだけの問題ではないようだ。

「中学受験をする家庭はエリートといわれる層が多く、収入も大きいので、塾などの費用を払おうと思えば払えてしまうんだと思います。塾の月謝を調べてみると、4教科学習する場合、小学4年生で月4万円、5年生で月5万円、6年生で月6万円という相場が見えてきます。急に月6万円となると躊躇しますが、月4万円から徐々に上がっていくと慣れてしまいますし、数十万円にのぼる夏期講習や冬期講習の費用もボーナスなどを使って払えてしまうのかもしれません」

収入に余裕があるからこそ、教育費に際限なく注ぎ込んでしまい、ほかに手が回らなくなることもあるとのこと。

「教育にお金をかけているから、長期休暇も旅行には行けないという話を聞いたことがあります。『年収が高ければ幸せなのか?』というテーマはいろいろな場面で議題に上りますが、私も常々疑問を抱いているところです。取材をしていると、都市部のサラリーマン家庭はたとえ高収入であっても、収入から税金や社会保険料をたくさん取られるし、都心は家も高いという話を伺います。そこで小学校受験や中学校受験もするとなると、教育費貧乏になる可能性が出てくるのだろうと感じますね」

一方、収入が高くない家庭の場合は、教育費貧乏になりにくいということだろうか。

「私立校によっては、低所得の家庭向けに奨学金や補助金を出しているところもあるので、学費に関しては高収入の家庭より負担は少なくなるかもしれません。ただ、塾に関しては、かつては成績優秀な子を特待生にするところもあったようですが、最近はあまり聞きません。大手塾だと、成績や収入に関係なく一律の月謝を設けているところが多いので、そもそも小学校受験や中学校受験は高収入の家庭が目指すものという構造ができているようにも感じます」

教育費が増えるほど高まる「子どもに対する期待値」

教育費を注ぎ込むことによって、「お金のこと以外にも影響が出てくるのではないか」と、外山さんは危惧する。

「払った教育費が増えれば増えるほど、子どもに対する期待値が大きくなっていくように感じます。塾も、長く続けるほどやめにくくなりますよね。子どもが勉強についていけないからと、個別指導塾や家庭教師をプラスしてしまうと、ここまでお金をかけたんだから結果を出さなきゃいけないという焦りのようなものが出てくるのだと思います」

親が結果を気にするあまり、子どもを厳しく指導してしまうケースもあるという。

「特に中学受験は、偏差値という非常にわかりやすい数字で子どもの力が可視化されるので、親は『これだけお金をかけて、どうして偏差値が上がらないんだ』という思考回路になりやすいようです。そして、子どもをビシバシと指導した結果、親子関係が崩れてしまったという話もよく聞きます。受験を乗り越えて“雨降って地固まる”を経験する家庭も多いのですが、教育費をかけても合格しない子がいることも事実です。私も子育て中の身ではありますが、何よりも周りに流されないことが大切なんだと思います」

現代の教育費事情のキーワードといえる「受験」。どのタイミングで受験をするかによって、かかる費用が変わり、たとえ収入が多くても教育費貧乏に陥る可能性がある。後編では、そうならないために親が心掛けるべきこと、外山さんが意識していることを伺う。

(取材・文/有竹亮介)

お話を伺った方
外山 薫
小説家。1985年生まれ、慶應義塾大学卒業。X(旧Twitter)で発表した「タワマン文学」で注目を集め、2023年に『息が詰まるようなこの場所で』でデビュー。2024年1月に二作目となる『君の背中に見た夢は』を出版。会社員として働き、子育てに奮闘しながら、執筆活動を行っている。
著者/ライター
有竹 亮介
音楽にエンタメ、ペット、子育て、ビジネスなど、なんでもこなす雑食ライター。『東証マネ部!』を担当したことでお金や金融に興味が湧き、少しずつ実践しながら学んでいるところ。
用語解説

"※必須" indicates required fields

設問1※必須
現在、株式等(投信、ETF、REIT等も含む)に投資経験はありますか?
設問2※必須
この記事は参考になりましたか?
記事のご感想や今後読みたい記事のご要望などをお寄せください。
(200文字以内)

This site is protected by reCAPTCHA and the GooglePrivacy Policy and Terms of Service apply.

注目キーワード