小説家・外山薫が考える「子どもにとって本当に必要な学び」-後編-
大切なのは、親が「こういう人に育ってほしい」という方針を決めること
子ども1人につき、トータルで1000万円かかるといわれている「教育費」。小学校や中学校から私立への進学を考えると、さらに学費や塾代などがかかり、教育費で四苦八苦してしまうかもしれない。
前編では、高収入の家庭でも教育費貧乏になり得るという話を、中学校受験や小学校受験をテーマにした小説『息が詰まるようなこの場所で』『君の背中に見た夢は』の著者・外山薫さんに聞いた。後編となる今回は、教育費だけで精一杯にならないために親が心掛けるべきことや外山さん自身の経験を伺う。
「その教育は子どもにとって必要か?」という自問自答
「いまの時代、親はインターネットに注意したほうがいいと思います。SNSなどを見ると一定の答えというか、誰かがつくった正しい道のようなものが目に入ってきますよね。その道がいいもののように見えて、『我が子にも体験させてあげよう』『やらせてあげなきゃかわいそうだ』と思ってしまうのが親心で、受験を目指したり習いごとを始めさせたりしてしまうものです。取材をしていると、そこで最初の一歩を踏み出して月謝などを払い、引くに引けなくなっている親御さんが多いように感じます」(外山さん・以下同)
理想的な家族の姿を目にすると、同じことをすればいいと思ってしまいそうだが、重要なのは子ども自身が望んでいるかという指標を持つこと。そして、親が冷静に判断すること。
「大切なのは、『どういう人に育ってほしいか』『どういう子育てをしたいか』という方針を親が決めることだと考えています。方針が明確であれば、そのためにこの塾は必要か、このタイミングでの受験は必要かという判断をしやすくなるからです。方針という基準があれば、周りに流されにくくなると思います」
また、外山さんは「夫婦間で価値観をすり合わせ、役割を決めることも大切」と話す。パパもママも受験や教育に熱中してしまうと歯止めがきかなくなるため、アクセル役とブレーキ役に分かれて判断していくことで、教育費が膨らみすぎることを防げるのだ。
「私の個人的な見解ですが、教育費は“浪費”だと思っています。子どもに対しての投資という見方もありますが、お金を払う親からするとコスパやリターンを求めない支出なので、資産形成の観点から考えると“浪費”ともいえますよね。だから、教育費を聖域にしてはいけないと思います。親にも人生があり、住宅ローンや家賃を払ったり、老後資金を備えたりしないといけません。そのなかで、年間どのくらいなら教育費として許容できるか考えたほうがいい。私自身も教育費を含めた支出に対して、将来の家族、子ども、自分の幸せのためになるかという視点で考えるようにしています」
教育費も生活費の一部であり、ほかの支出とのバランスを見ることが重要ということだ。ちなみに、外山さんの子育ての方針は「英語教育はしっかりやる」とのこと。
「私自身、仕事で英語を使うこともあるんですが、話せるのはいわゆるカタカナ英語ですし、ミーティング後の雑談は緊張して疲れるんですよね。ネイティブじゃないから、見られない世界や取れない選択肢があったと思うんです。その経験から、子どもの将来の選択肢を広げるため、教育によって土台をつくりたいと考えています。私みたいに、英語での雑談中に愛想笑いを浮かべるようなことはさせたくないなと(笑)」
明確な方針があることで、子どもの教育について潔く判断できた経験もあるという。
「子どもが『プログラミングを習いたい』と言ったので、教室に通わせたことがあったんです。ただ、途中から本人にやる気が見られなくて、先生からも『授業中にちょこまか動いてしまう』という話を伺ったので、費用対効果が合わないと思ってやめさせました。漫然と続けるのはお金がもったいないし、『自分で行きたいって言っただろ』って無理に通わせるのもかわいそうなので、やめるって決断をしましたね。この経験は、私にとっても学びのひとつになりました」
「子どもの興味に寄り添った体験」も教育のひとつ
教育というと、学校や塾・習いごとに通うことと考えてしまいがちだが、「それだけが教育ではない」と教えてくれた。
「小学校受験の取材をしたときに感じたんですが、おでかけや旅行に行って、その年齢のときにしか見えないものを見せてあげることも立派な教育なんですよね。小学校受験は体験も重視されるので、子どもと一緒にいろいろな場所に繰り出す家庭が多いんです。子どもが小さい間って一瞬なので、一緒に出かけていろんなことを体験するのも大切なのかなと。そこでお金を使えばいいって話ではなくて、無料で楽しめる施設に行くのもいいでしょう。大切なのは、子どもの興味関心に寄り添ってあげることだと思います」
お金をかけて行う学習ばかりを意識してしまうが、子どもにとってはおでかけや旅行、遊びといった体験も学びになる。
「偏差値だけを見て勉強させるよりも、いろいろな体験に気を配ったほうが親としても面白いんじゃないかなって感じますね。もちろん子どもが勉強にやる気を見せていて、自ら『塾に通いたい』と言うのであれば、勉強にお金をかけるのもいいと思います」
社会に対する「寄付」から見えてくる世界がある
外山さんは印税の一部を、遺児支援を行っている一般財団法人あしなが育英会に寄付したことを公表している。
「あしなが育英会の方々と話したときに、『子どもに教育費をかけてあげられないことを申し訳なく感じている親御さんが多い』という話を伺ったんです。個人的には、かけた費用の分だけ子どもが幸せかっていうと、そうではないと思っています。特に年収が高い親は、自分の子どもを見るだけでなく、もうちょっと広い視野を持ってもいいのではないかなって」
外山さんが寄付を行ったのは、「一部の機会に恵まれない子どもたちの教育費の足しになるように」という思いからだったそう。
「自分の子どもだけに幸せになってもらう未来よりは、社会全体がハッピーになるほうがいいんじゃないかなって思ったんです。我が子の教育にかけている費用の一部、月1000円でもいいから、ほかの子どもの支援に回してみると見える世界が変わると思うし、私自身やってよかったと感じています。我が子を幸せにしなきゃっていう閉塞感から、多少解放されるのではないかと思いますね」
「子どもの教育にお金をかけてあげられないのはダメなこと」という風潮も変わっていくかもしれない。
「『教育費をかけてあげなきゃかわいそう』『立派な大学、立派な会社に入らなきゃダメ』という固定観念は捨てたほうがいいというか、そういう理論はみんなを不幸にするだけじゃないかと感じます。今後労働人口が減っていくなかで、本当に大学を出たら幸せなのか、必要とされる職業は何なのかということを、親が考えることが大切なんだと思います」
子どものことを考えると、将来かかる費用ばかりに目が向いてしまうが、まず考えるべきは「どんな人に育ってほしいか」。方針が明確になれば、子どもにとって本当に必要な学びが見えてくるだろう。
(取材・文/有竹亮介)