無料塾のような「社会経験を積む場」が教育のカギになる
『二月の勝者』著者・高瀬志帆が見た現代の「教育環境」と「教育費」-後編-
子どもを取り巻く環境や教育格差を描いた漫画『二月の勝者―絶対合格の教室―』(小学館)。そのなかでは、塾や受験にかかる費用や受験業界の構造などが、赤裸々に描写されている。登場人物たちが語る現実に、ハッとさせられた人も多いのではないだろうか。
前編では、そんな『二月の勝者』の著者・高瀬志帆さんに、現代の教育環境や教育費に関して伺った。後編となる今回は、子育て世帯が教育費を準備するために行っていることや、教育に対する考えを聞いていく。
資金繰りのポイントは「20~30代で人生設計を立てる」
前編では、「高校受験以降になると教育費に悩む家庭が出てくる」という話を伺ったが、いままさに子育て中の家庭ではどのように教育費を捻出しているのだろうか。
「20~30代で子どもを産んだばかりの時期は初めての子育てで余裕がなく、『いまの状況をどうにかしよう』という気持ちが強くなってしまうと思います。しかし、ある程度金銭的な余裕を持って子育てをしている家庭は、その20~30代のうちに資金を準備しているように感じます。体も元気でしっかり働けるし、子どもが小さいうちは意外とお金もかからないので、その時点でファイナンシャルプランナーなどのお金のプロに相談して、ライフプランを立てるのがいいのかなと思います」(高瀬さん・以下同)
ライフプランを立てるうえで、注意点があるという。ひとつは「夫婦共働きを前提にしないこと」。
「『定年まで共働き』という設定で計画するのは危険だと思います。配偶者または自分が事故にあって障害を負ったり、親が詐欺にあって生活が破綻したり、自分の努力の及ばない不可抗力で生活が変わってしまう可能性はあります。そのときのためには、子どもの教育費以外のお金も備えておかないといけませんよね。教育に関しても、子どもが留学や海外の大学への進学を目指し始めるなど、親の想定以上のケースになることもあります。非常事態になって悩むことのないように、何かあっても対応できる計画を立てることが大切だと感じます」
もうひとつ、「教育に熱心な家庭ほど注意したほうがいい点がある」とのこと。
「小学校受験や中学受験を目指す家庭で気になるのが、子どもの習いごとが多いという点です。塾に加えて習いごともたくさんしているので、子どもが立ち止まって考える時間が少ないように感じます。子どもの可能性を広げるためだと思うのですが、やや過熱しすぎているのかなと。自身のスキルや知識だけでなく、もうちょっと社会全体のことに目を向ける時間があってもいいのかなと思います。子どもたちが社会の構造を知ることで、もう少し社会がよくなるような気がします」
勉強だけでなく「社会経験」を積む大切さ
社会の構造のひとつとして、『二月の勝者』で描かれたのが無料塾。主に経済的な理由で塾に通えない子どもや大人に対し、勉強を教える場だ。高瀬さんは東京都中野区で開催されている「中野よもぎ塾」に取材し、執筆の参考にしてきたそう。
「漫画を通じて無料の進学塾だと勘違いされてしまった部分があるのですが、実際の無料塾でスタッフが勉強を見る時間は週に2時間ほど。その後はその場にいる社会人とおしゃべりしたり、お月見の日に俳句を読んだり、調理実習をしたりと、さまざまな経験ができる場です」
勉強だけではなく、生活に必要な知識や文化的な経験も提供しているのは、なぜなのだろうか。
「無料塾に子どもを通わせる家庭は、決して育児放棄をしているわけではなく、親御さんが仕事で忙しすぎるために子どもとの時間を取れないところがほとんどです。生活費を稼ぐために親御さんが頑張っているため、子どもは勉強だけでなく行事や文化に触れる機会も少なく、食事も出来合いのお弁当などになりがちです。その状況を危惧した親御さんが、さまざまな社会経験を積める場として無料塾を選んでいます。子どもにとっても家庭・学校とは別のサードプレイスとして、とても重要な意味を持つ場になっているのです」
他人事のように思ってしまうかもしれないが、東京23区内で起きている実際の話。決して遠く離れた別世界のことではないのだ。
「現代は、日々の生活費に困窮していても、子どもに留守番させるときに心配だからとスマートフォンを持たせている家庭は多くあります。かわいい洋服や化粧品も安く買えたりするので、パッと見では各家庭の経済状況は見えにくいと思います。でも、同じ地域に相対的貧困にあたる家庭はあるはずで、その事実を漫画でも感じてほしいと思っています。不可抗力で貧困に陥る人もいるので、他人事で片付けてはダメで、社会の在り方を子どもと話すことが大切だと感じます。そして、長い目で社会を考えられる子どもが育つことは、社会全体の益になると信じています」
「教育費以外の費用」を備えることも親の役目
社会について考えるためには、机に向かって勉強するだけでなく、社会に出る経験も必要になるだろう。
「『いい大学を出ていい会社に入る』以外の視点を持つことも大切じゃないかと思います。人生は勉強だけで測れるものではないですし、子どもによっては勉強は頑張れなくても別のものは頑張れるかもしれません。そのための取り組みができているのが、無料塾なのかなと感じます。勉強や習いごとをいっぱいさせるのもひとつですが、その塾や習いごとをきっかけに地域の子どもや大人と触れ合う場を設けて、横のつながりをつくっていくと社会が見えてくる気がします。いろいろな大人と接するといろいろな仕事があることがわかって、興味の先が見えると、きっと子どもは能動的に勉強し始めます」
ただし、横のつながりをつくるために塾や習いごとに通わせるのは本末転倒。子どもの興味を育てる方法はいくらでもある。
「例えば、学校の授業や課外活動で社会問題を扱ったとします。子どもが帰宅してその話をした際に、『それはそうとテスト勉強してるの?』と遮るのではなく、『学校でそういうことも勉強するんだね』『お父さんはこう思うよ』と子どもの話を受け止め、思いや考えを共有することでも興味は広げていけるのではないでしょうか」
「必ず塾に通わせて、受験に成功しなきゃ」と考えるのではなく、子どもの興味に寄り添うことで、教育費に対する過度な不安は解消されるかもしれない。
「不安だからといって、教育費に全投入するのは危険だと思います。親自身の老後の生活もありますし、仮に子どもが社会に出てからメンタルに不調をきたして『仕事を辞めたい』と打ち明けられたとして、親に経済的な余裕がなければ、『心配ないよ。一回帰ってきて、次はやりたい仕事に挑戦してみたら?』と言ってあげられないですよね。社会に出た子どもの面倒まで見るのかという話は別として、思ってもいない状況になることはあるので、子どものうちの教育費だけに専念せずに、人生設計を立てて備えていくことが転ばぬ先の杖になるのだと思います」
誰しも「万が一」の状況になる可能性はある。さまざまな家庭に取材してきた高瀬さんだからこそ、説得力のある言葉だ。子どもの教育費を備えつつ、自分や配偶者のこれからについても考えることが、楽しく無理のない人生を歩むカギといえるだろう。
(取材・文/有竹亮介)