預貯金で老後貧乏に 新・お金の守り方
日経記事で学ぶ ~幸福寿命を延ばす投資術3
提供元:日本経済新聞社
本コラムは東証マネ部!で連載した「日経記事でマネートレーニング」の続編で、投資や資産形成の幅広いスキルや基礎的なノウハウの習熟を目的としています。拙著「幸福寿命を延ばすマネーの新常識」(日本経済新聞出版刊)を大幅に再構成・加筆し、日経電子版の注目記事なども織り交ぜつつ、総合的な金融リテラシーの底上げを目指します。
コメ、加工食品、調味料、菓子、郵便、保険料・・・この共通項は何でしょうか?
ほとんどの方は即答されたかと思いますが、秋の値上げですね。帝国データバンクによると10月の食品の値上げ品目数は今年最多となったもようです。電気・ガス代、ガソリン・灯油など燃料系も高止まりする気配ですし、この冬も寒さより「コスト高」が身に染みそうですね。
さて、本シリーズでは幸せの値段、あなたの値段と展開してきましたが、今回はお金の値段を取り上げます。「お金はお金だろう、意味が分からない」と突っ込みが入りそうですが、クローズアップするのはお金の価値です。
まずはいつもどおり、クイズを1問やってみましょう。
起業のための1000万円、あなたはどうする?
この春、日本経済新聞社で専門学生向けの金融教育教材を作ることになり、私が教材の1つとしてクイズを作問してみました。ご自身が20代で、投資に関する知識がほとんどない、という前提で考えてみてください。
私自身も駆け出しの若い記者時代は、債権と債券を勘違いしていたほど金融の知識がありませんでした。当時のリテラシー感覚で回答すると、私なら間違いなく(1)を選択するでしょうね。そもそも、使途を明示された資金を運用資金へ転用するなどモラルからいっても許されないでしょう。
みなさんはどうでしょうか?
最大のポイントは「お金を守る」という視点です。お金のいったい何を守るのか?
盗まれないように守るということ? 否、お金の「価値」を守るということですね。冒頭のエピソードで紹介した「値上げ」が大きく絡んできます。
現在、日本の消費者物価はおおむね前年比2~3%台で推移しています。政策金利は0.25%(無担保コール翌日物レート)ですから完全なインフレ状態です。これがどういう意味かを1000万円の軍資金で考えてみましょう。
仮に1000万円を金融機関に預けると、11月3日現在、1000万円以上の大口定期預金の金利は主力行で0.125%(6カ月、日経電子版調べ)です。物価の上昇幅とは2~3%の開きがあるわけです。
起業までの30年間、このまま放置しておくとどうなるでしょうか? 物価が2%ずつお金を上がっていくということは逆に言うとその分、当該資金で買える数量が減っていくことになります。これをお金の購買力といい、お金の価値を表す1つのモノサシになります。単純に物価が2%上がると2%分購買力が減るとします。それを表したのが上記のグラフです。
たかが2%と侮るなかれ。30年後にはその価値はなんと半減してしまうのです。ここで先ほどのクイズの趣旨に振り返りましょう。あなたは大切なお金を守れましたか?
もし私のように(1)を選んだのであれば、託された1000万円を無駄に半分にも減らしてしまったことになります。今回は使途を起業にしましたが、老後の生計資金も同じ。預貯金では資産を減らし、破綻リスクを高めかねないのです。
え? ここに書いてあるように「投資リテラシーがないから仕方ないだろう」………ですか?
そのとおり。勉強しなかったがゆえの無策ともいえます。結局、投資の知識がないから敗者になるのです。東証マネ部!などで展開している「金融経済教育」がなぜ大事なのか。こういう局面でモノをいうのです。
ウソのようなホントの話
もちろん「運用に回す」「投資に回す」となるとそれはそれで大切な資金をリスクにさらすイメージがありますが、実態はどうでしょうか。ここでは長期コツコツ積立ではなく、1000万円を一括で全世界株型投信(オルカン)に投じてみたケースを考えます。過去30年平均の実績は年率リターンが7%台半ばですが、仮に7%だとしたら30年後にはどうなったでしょうか?
7600万円--。ちょっとペテンにかかったような金額が出てきました。しかし、金融庁のシミュレーションツールではじいたまぎれもない現実の数字です。これだけの金額があれば多少の物価上昇に直面しても、起業時の資本としてはじゅうぶんな金額を確保できるでしょう。
結論。お金を守るということは投資、資産形成の形でお金を運用することなのです。資産形成では通常、つみたて投資ですが、相続・贈与などで手元資金が豊富な場合は一括での投資が理想です。ただし、投資対象は長期的に安定成長を担保できる全世界株型や先進国株式などの投信やETF(上場投資信託)に絞ることなどが求められます。このあたりのリテラシー習熟はまた別の機会に譲りましょう。
「年金型保険」を解読できるか
「インフレには投資で勝つ――そんなことぐらいは知っているよ」という方も多いと思います。では応用編をやってみましょう。
私の会社もそうですが、たいていの企業では特定の生命保険会社と連携し、法人保険や年金保険を比較的割安な保険料で取り扱っています。私も若いころに少額で3種類の年金保険に加入し、まもなく給付時期を迎えます。
下記は現在、ある業界の組合で提供されている実際の年金保険のパンフレットから抜粋しました。税制適格要件を満たすため、所得から保険料を控除できます。まあどこにでも提供されている一般的な年金保険商品ですね。パンフレットにあるように「豊かな将来」のためにこの年金保険に加入したほうがよいでしょうか?
ふつうは組合員の方は文句も言わず加入するのですが、今回はテーマに沿って「うるさく」(笑)分析してみましょう。
加入の是非を検討するポイントはどれぐらいのリターンで回っているかです。払込保険料は毎月なので積立投資と同じスキームです。金融庁のシミュレーションツールを使ってこの保険の「想定利回り」をあぶりだしてみます。
すると2400万円(5万円×40年)の払込保険料に対して給付額が確定で3036万円となります。636万円も余計にもらえるのでいいじゃないか、と考えるなかれ。年率リターンは約1.1%です。おそらく日本の長期国債での運用だとみられます。
生保は一般に「予定利率」という保証利率(将来支払いを約束する利回り)を採用しています。現在だいたい1%前後。私が加入したころは5.5%前後だったので「お宝年金」と呼ばれていますが、いまの低金利局面では1%強は標準でしょう。
さて、もう一度冒頭に戻りましょう。日本の消費者物価はいくらでしたか。2~3%ですね。つまり、1%の予定利率では1%以上のペースで財産を減らしていく、ということになります。
保険料が一定額控除されるほか、1.1%で保証されているというメリットはありますが、パンフレットに書かれているような「豊かな老後」を期待できるでしょうか? 購買力低下が必至なので私には「貧乏な老後」になりそうだなと思えます。
老後プランは個人によってまちまちなのでこうした年金保険はNGではありませんが、なんとなく加入するのではなくきちんと実態をあぶりだして評価できるようにしてから加入の是非を判断したいものです。
冒頭例示したのはかんたんなクイズですが、思考プロセスは様々な商品選択に応用できるのだということも知っておきましょう。
言われてみればたしかに……本コーナーではマネーに関する気づきや新しい常識を解説していきます。拙著(下記リンク)を副教材として併読していただけるとさらにリテラシーが身につきます。日経電子版のおすすめ記事も紹介しておきます。
【参考記事】
金利復活、日本株でインフレに勝つ 近づく日銀緩和終了 金利ある世界の運用術(上)日経電子版 2024年1月21日)
住友生命の一時払い終身保険、予定利率を8月も引き上げ(日経電子版2024年7月30日)