地味なIRにこそ投資のチャンスが隠れている?
日本の伸び代は「株主との対話」にある、逆張り思考で魅力的な銘柄を探す大和アセット・渡辺氏の方法論
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米国株やオルカン(オール・カントリー:全世界株式)が話題になる中、「日本株の魅力」はどこにあるのか。これから期待できる国内の産業や投資テーマはあるのか。こうした質問を“日本株のスペシャリスト”にぶつける連載「ニッポン、新時代」。今回お話を聞いたのは、大和アセットマネジメントの日本株式運用部でシニア・ファンドマネージャーを務める渡辺大輔氏だ。
米国をはじめとした世界の市場と比較して、日本市場が持つ“伸び代”は何か――。渡辺氏はそう聞かれて、「今までの日本では少なかった“企業と株主の対話”が近年増えており、それによってこれから大きく成長する可能性を秘めた銘柄が多数あること」だと答える。その真意はどこにあるのか。日本株で注目するテーマや銘柄発掘の極意とあわせて、渡辺氏に聞いた。
製造、サービス……タオルを絞れば水の出る日本企業
「今まさに日本では、コーポレート・ガバナンスの変革が進行しています。それにより企業の経営が改善され、これから大きく変貌する銘柄がいくつも生まれてくるのではないでしょうか。それこそが日本市場の持つ魅力だと思います」
このコメントは、取材の中で渡辺氏が口にしたものだ。コーポレート・ガバナンスとは、企業が持続的な成長と中長期的な企業価値の向上につながるような意思決定を行うための仕組み。たとえば米国では、早くからその構築が進んでおり、業績が悪ければ外部の意見により経営者が交代させられることも珍しくない。
ひるがえって日本を見ると、金融庁と東証の「コーポレートガバナンス・コード」制定などにより、各社がその体制を作っている最中だ。まさしく変革の途上にある。だとすると、この領域に関しては「すでに米国はタオルを絞っても水が出てこない、つまり“改善の余地”が少ない状況かもしれませんが、日本は絞ればまだ水の出る企業がたくさんあるはずです」と渡辺氏は考察する。
すでにその変化は感じている。たとえばここ数年、日本では企業と株主が“対話”する環境が整ってきたという。株主側から経営陣に意見や提案をしやすくなり、外部の声が企業価値の向上につながるようになった。コーポレート・ガバナンス改善の一環といえる。
こうした観点から、大和アセットマネジメントでは、ファンドマネージャーやアナリストが企業の経営者と直接対話しながら、経営課題の解決策の提案などを通じて企業価値向上に貢献する「エンゲージメント」というアプローチを強化しているという。それによって同社が投資する企業の株価が上がり、最終的にはファンド(投資信託)のパフォーマンスを向上させていく形だ。
さらには企業と株主の対話だけでなく、何らかの課題を抱える企業に対して、その領域で実績を持つ他企業を引き合わせて議論の場を提供する「リンゲージメント®」という活動にも取り組んでいるという。
渡辺氏は、これらの活動を進める「エンゲージメント・チーム」の一員であり、対話を通じて日本企業の成長に貢献したいと考える。特にその観点で期待するのが「製造業」だ。
「世界トップシェアの製品や高い技術を持ちながら、それらを十分生かしきれていない日本企業は少なくありません。こうした企業は大きな伸び代があり、経営課題の解決策や成長戦略を提案し企業価値の向上に貢献していきたいと考えています」
ここに来て一段と高まる地政学的リスクも、日本の製造業には追い風だという。製造業では、2010年代半ばまではグローバル化を背景に中国を中心とした海外への生産移転が活発だった。しかし近年では、コロナ禍による供給網の寸断や地政学的リスクの高まりを受けた経済安全保障の考え方から、海外の生産拠点を自国に戻す「リショアリング」や、信頼できる国や地域に拠点を置く「フレンドショアリング」が進んでいるという 。
「こうした動きは、近年の円安で競争力を回復した国内の製造業にとってプラスで、九州の半導体工場のように米欧の供給網の一翼を担う日本の位置づけは、米国の新政権の下でも大きく変化しないと見ています」
日本の「サービス」や「食品」といった業界も、これからの成長が期待できるとのこと。「どちらの業界も、国内の顧客から要求される品質が非常に高く、そこで鍛えられた企業がうまく海外展開すれば十分に成果を上げられる可能性があるでしょう」。
それらをふまえ、製造業やサービス業において海外でも十分に競争できる素晴らしい商品・サービスを備えている内向きな企業に、対話を通じて海外市場のポテンシャルを共有しながら海外進出を促し、成長を支援していくという。
隠れた優良企業を探すには「地味なIR」に注目を
2004年の入社後、アジアの中小型株の調査・運用を長く行ってきた渡辺氏。現地の証券会社やアナリストがカバーしていないような企業にも直接取材を行っていたという。その後、日本株の担当となった現在もその姿勢は変えず、中小型株の企業に自ら出向いて話を聞いている。
「こうした活動の中で隠れた魅力的な企業を発掘し、市場から正当な評価を受けるようにエンゲージメントしながら、企業価値向上につなげていきたいと思います」
ではどのようにして「隠れた魅力的な企業」を発掘するのか。ひとつのポイントとして「逆張り思考」を挙げる。
「近年で言うところのAIなど、人気のテーマや業種の銘柄はたくさんの投資家がチェックしており、自分が目をつけた時にはすでに期待値が株価に織り込まれているケースも多いですよね。であれば、あえて市場の関心が低い業界からきらりと光る銘柄を逆張りで探すのも、有効な方法だと思います」
一例として、こんなエピソードを話す。今から6-7年前、パソコンなどに使われるハードディスクは、その後に登場したSSDへの置き換えが進んでおり、将来性がないと見なされたハードディスクの関連銘柄に投資する人は少ない状況だった。
しかし丹念に調査をしていくと、データセンター向けのハードディスクについては依然として成長余地があり、関連部品を製造していた企業の業績も伸びていた。「その後も調査を重ね、このハードディスク部品製造企業にはまだ伸びる余地があると考えて投資しました」。
同じく逆張り思考による銘柄発掘の方法として、「IRや経営者のプレゼンが“地味”な企業に注目するのも大切」と渡辺氏。なぜならこういった企業には、投資家がまだ気づいていない魅力や価値が眠っているかもしれず、成長余地を秘める可能性を持つため。
特に海外投資家は、これらの企業を敬遠する傾向にあり、株価が過小評価されていることも。逆も然りで、IRやプレゼンが上手な企業は実力以上に評価されているケースも考えられるという。
上昇する日本市場に「過熱感はない」、これからも続くと見る
2024年は日経平均株価が史上最高値を更新するなど、日本市場の上昇トレンドが目立った1年でもあった。渡辺氏は「この動きに過熱感はない」と言い切る。「企業の業績もきちんと伸びていますし、実態をともなった上昇だと見ています」。
このトレンドを生んだ要因のひとつは、やはりコーポレート・ガバナンスの改革であり、それによって「日本企業の体質改善が進んだことが大きい」と渡辺氏。今後の日本市場についても、「この改革が後退しなければ、さらに上がる余地はあるでしょう」と伝える。
「PBRが1倍を割っている企業はまだたくさんあり、それらが改善に向かえばさらに上を目指せると考えています」
先述したように、地政学的な分断が深まることは、輸出ビジネスを行う日本企業には追い風となる要素がある。一方、国内で事業を展開する“内需企業”も「成長余地のある企業が多い」と渡辺氏は捉えている。理由として、かつては過剰なことも多かった国内の企業間競争が、近年は適正なものに変わってきたからだという。
「たとえば以前なら、市場シェア狙いの商品価格の据え置きや値下げで価格競争を展開する企業が多く見られましたが、最近は、原料高の中で値上げを行う企業が増えるなど、適正な値付けが行われています。その結果、インフレという逆風の中でも業績改善している内需企業が多く見られるのです」
上昇とともに乱高下も経験した日本市場だが、株価が急変動しても自分の中にある長期的な見通しに変化がなければ「慌てないのが鉄則です」と、渡辺氏はアドバイスする。
「もともと日本株はボラティリティが高く、変動が激しい面があります。加えて、株は浮き沈みを繰り返しながらトレンドを形成するもので、上がるときはゆっくり、下がるときは一気に動くことが多い。一時の乱高下を気にしすぎず、企業の業績やファンダメンタルズといったコアな部分に問題がなければ、焦らずじっくりと投資を続けましょう」
米国株などに投資をする人も多い昨今だが、「長期投資をするにふさわしい日本株の銘柄も増えています」と渡辺氏。「米国株をメインに投資している方も、分散投資のひとつとして日本株に着目してみるのが良いのではないでしょうか」。
コーポレート・ガバナンスの強化、その中で増える経営者と株主の対話。こうした取り組みが、間違いなく日本企業の伸び代になる――。そう確信するからこそ、渡辺氏はこの国の市場に大きな期待を寄せている。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2025年1月現在の情報です