貿易戦争時に金が輝く理由
提供元:ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ
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スポット金価格は4月に1オンスあたり3,200ドルを初めて突破して史上最高値を更新し、年初来の価格リターンは20%超となりました 1。そこで、「解放の日」と銘打った経済政策とグローバル市場における貿易摩擦の激化がもたらす影響について考えてみたいと思います。
金市場はかなり流動的な状態にあります。しかし政策が変化するのに伴い、主に次の5つの経路から影響を受けるとみられます。
1. 不確実性プレミアムの上昇
2. 脱ドル化トレンド加速の可能性
3. リセッション/スタグフレーション・リスクの上昇
4. ドローダウンおよびボラティリティ・ヘッジ
5. 流動性ヘッジ
不確実性プレミアムの上昇
トランプ政権が4月に提案した相互関税は、既にボラティリティやドローダウン・リスクの上昇に苦しむ投資家のあいだにさらに大きな不透明感をもたらしました。実際、金は米国の関税政策発表前の2025年第1四半期に、四半期ベースで1986年以来の高リターンを記録しました 2。
貿易政策は流動的です。二国間交渉が行われ、関税率が引き下げられる可能性があります。ただ結果の確率分布は広がりつつあります。またタイミングも不明です。こうした分散リスクは、結局のところ、金のアロケーションおよびETFへの資金フローに有利に働きます。
関税引き上げの実施は90日間猶予されており(中国を除く)、市場は世界の貿易政策の行方を見極められていません。そのため、不安がフィードバックループのように広がり、消費者が支出をさらに切り詰め、事業・設備投資が抑制され、雇用の伸びが鈍化する可能性があります。米成長予想と企業の業績見通しが見直されればセーフヘイブン(安全な逃避先)*資産としての金に対する投資家需要は押し上げられるでしょう。
脱ドル化トレンド加速の可能性
世界が保護主義や重商主義に傾けば、市場センチメントは金準備の国内回帰に有利に働くでしょう。これは2022年から2024年にかけての公的部門による記録的な金購入の背景にあるものです。価格変動に最も影響されにくい買い手、すなわち政府からの需要がさらに拡大する可能性があることが、投資家の金購入のインセンティブとなっている可能性があります。たとえば、中央銀行が金の年間生産量の35~40%を購入した場合(2022~2024年は25~30%)、他の需要源を満たしつつ金のリサイクルを進めるために金価格の大幅な上昇が必要となることでしょう。
4月の相場暴落で特筆すべきは、それが米国株式市場だけにとどまらなかったことです。米ドルが売られるなか米国債利回りはイールドカーブの中間部分そして特に長期部分で急上昇しています。少なくともきわめて短期的には、米国債は投資家にポートフォリオ・プロテクションを提供できていません。金はドル安により他通貨建てで割安感が出たことでも恩恵を受けています。これが米国の金融優位性やドルの準備通貨としてのステータスへの信認危機を示しているのかは誰にもわかりません。しかし、ウォール街でそうした疑問が出ている点は懸念すべきでしょう。そしてそれが続くなら、懸念は構造的に金に有利に働く可能性もあります。海外勢による売りが原因かどうかは四半期後半に、米財務省のTICレポートで4月の海外投資家の米国債保有額が発表されれば明らかになるでしょう。とはいえ、世界的な貿易摩擦の激化、そして米中二国間の地理経済的対立は、交渉が成立しても金需要に影響を与え続けそうです。特にグローバル化に向けた米国の政策やドルの準備通貨としてのステータス維持への「信頼」が失われた場合はなおさらです。
リセッション/スタグフレーション・リスクの加速
当社は4月2日の関税発表前から、金市場は米国経済への懸念を示していると指摘していました。近年の類似事例に基づくと、金銀比価や金建てでみたS&P500指数は、米国がすでにリセッション入りした、あるいは2025年後半にリセッション入りするリスクが上昇していることを示しています。さらに4月の原油価格下落やタイム・スプレッドのセルオフは、総需要ショックが下振れするリスクや市場が燃料需要と貿易フローの減退を予想していることを反映しています。
米国で頻繁に取り沙汰されるようになったスタグフレーション懸念(3月の米連邦公開市場委員会[FOMC]のコメントや最近のFRB高官発言に反映 3)は、基本シナリオではないものの、金投資需要の支援材料になるでしょう。
米中貿易摩擦は激化しつつあり、長期化する可能性もあります。世界の国内総生産(GDP)の約45%を占める二大経済大国の経済的対立は、世界の成長見通しにとって明らかなリスク要因です 4。中国は米国にとって2番目に大きな貿易相手国であり、関税の報復合戦がエスカレートすればサプライチェーンが阻害され、物流が混乱し、インフレ上昇につながる可能性もあります。
そうなれば成長が低迷する環境で政策金利の正常化を目指すFRBは難しい状況に陥ります。また外貨準備として保有する金の割合を増やそうと考える国が中国以外にも広がる可能性があります。
金はリセッション(景気後退)中から直後にかけて好調なパフォーマンスを見せる傾向があります。これは世界金融危機後やコロナ禍中の2020年に観察されました 5。金のアウトパフォーマンスは近年でも金融市場のストレス時に顕著になっています。たとえば2022年のロシア・ウクライナ戦争勃発、2023年3月から5月の米地銀危機、そして現在などがあげられます 6。
ドローダウンおよびボラティリティ・ヘッジ
金は低ボラティリティ資産とされており、株式の持ち高解消の影響を緩和するために戦略的にポートフォリオに組み入れられることも多くあります。3月には、金価格のボラティリティはS&P500指数のボラティリティを7ポイント下回りました。4月には、30日米国株式ボラティリティが約53%となった一方、金価格のボラティリティはその半分以下の水準となっています 7。金は3月/4月にポートフォリオ・プロテクションを提供した一方で、過去18ヵ月間でアルファを創出しています。この事実から、金融商品としての需要が旺盛な実物需要に追いつくなか、金価格に対するセンチメントは強気にとどまりそうです。
流動性ヘッジ
金を世界的に流動性が高く代替可能な資産として資金調達やポートフォリオ・リバランスのために利用すると、状況によっては金価格のマイナス要因となる可能性があります。しかし押し目のたびに買いが入り続ければ、いずれ1オンスあたり3,000ドル超が新たなベースライン価格であることの認識がさらに進むでしょう。実際、金価格は月初に1オンスあたり3,000ドルを割り込んだ後、4月7日の週の終わりには上昇して1オンスあたり3,225~3,235ドルという記録的水準で週末を終えました。
当社は、金市場は高ボラティリティ環境下で不安定化し5~7%下落することもあるとみています。それでも、金価格に対する見通しは弱気ではなく強気です。とりわけ、現在のように世界の貿易・経済秩序が変化する可能性がある時はなおさらです。
世界の経済秩序が実際に重商主義・保護主義へと再編されるのであれば、金価格にとって構造的な追い風となり得る上記5つの要因は、金価格は2025年後半に1オンスあたり3,400ドルに達するという強気シナリオのさらなる支援材料です。また、スタグフレーションと同時に脱ドル化が加速するなど、特定のマクロ経済環境下では、今後数年で1オンスあたり4,000~5,000ドルまで上昇する可能性があるとの見方に対する信頼性も高まります。
用語集
ボラティリティ
市場指数や個別証券の価格が大幅に変動する傾向。ボラティリティは通常、リターンの年率標準偏差で表される。現代ポートフォリオ理論(MPT)では、ボラティリティの高い証券は損失が発生する可能性が高いことから、一般的に高リスクと見なされる。
ドローダウン
特定の期間における株式相場の下落を、最高値から最安値までの変化率で示したもの。
米国債(米国財務省証券)
中央政府の債務。「政府証券」とも呼ばれます。国の信用と課税能力を裏付けとしており、したがってデフォルトのリスクが相対的に低いまたはないとみなされています。
スタグフレーション
低成長と相対的に高い失業率ならびにインフレが重なり、国内総生産の全般的減少につながる経済状況。スタグフレーションは原油価格が高騰し生産性の伸びが止まった1970年代に広がりました。
アルファ
リスク調整後の投資収益が、市場全体の動きを反映するベンチマークをどれだけ上回っているかを示す指標。ベンチマーク指数に対するファンドの超過リターンがアルファです。
流動性
資産または証券が、資産の価格に影響を与えることなく、市場で売買できる度合い。取引水準が高い場合に、流動性があると見なされます。
注記
*経済的緊張が高まっている状況下では、その他投資対象の価値が下落しても、ある資産の価値は安定または上昇するという投資家の認識に基づいて、「安全な逃避先」と考えられる資産があります。安全な逃避先と考えられている資産の価値がいかなる時でも維持される保証はありません。
1 ブルームバーグ・ファイナンスL.P.,2025年4月14日時点。
2 ブルームバーグ・ファイナンスL.P.,2025年3月31日時点。
3 FRB.,2025年3月
4 Worldstastics.net,2025年1月
5 ブルームバーグ・ファイナンスL.P.,全米経済研究所、2025年4月11日時点。
6 ブルームバーグ・ファイナンスL.P.、2025年4月11日時点。
7 ブルームバーグ・ファイナンスL.P.、2025年4月11日時点。
(提供元:ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ)