「リスク」の常識・非常識

日経記事で学ぶ~幸福寿命を延ばす投資術10

提供元:日本経済新聞社

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本コラムは東証マネ部!で連載した「日経記事でマネートレーニング」の続編で、投資や資産形成の幅広いスキルや基礎的なノウハウの習熟を目的としています。拙著「幸福寿命を延ばすマネーの新常識」(日本経済新聞出版刊)を大幅に再構成・加筆し、日経電子版の注目記事なども織り交ぜつつ、総合的な金融リテラシーの底上げを目指します。

職業柄、金融教育関係のイベントや投資セミナーなどに講師として登壇させていただく機会が多いのですが、開催が5~6月に比較的集中します。主催者にお尋ねしたところ、入社や昇格昇進、機構改正などが4月スタートとなり、夏休み前の6月までを人事教育・研修期間に当てることが一般的だからだとうかがいました。

毎回、こうした金融リテラシー系セミナーで感じるのは、聴講者の基礎知識の理解が十分ではないという点です。中級者を想定したテーマなのに、初級レベルにさえ至っていないことがわかって話が前に進まなかったケースがよくあります。

そこで今回は基礎中の基礎で、金融リテラシーの出発点でもある「リスク」を取り上げようと思います。投資や資産形成で日常的に使うカタカナ3文字で、マーケットを語る際には「知っていて当然」というレベルの基本用語です。

ところがきちんと理解している方は全体の5%ほどにとどまるとみられます(100人程度を対象にしたアンケートを10回以上実施した平均値)。一般個人だけではなく、保険会社など金融のプロも含めており、ちょっと悲しい状況です。

危険性? それとも損害・損失の可能性?

まずは次の文章を読んでください。違和感を覚えませんか?
大半の方が、間違った日本語ではないかと思うかもしれません。

続けて下記の文章を読んでみましょう。

しっくりきませんか? 個人投資家やビジネスマンの間では一般的なリスクの使われ方だと思います。リスクの定義を問うとたいていは「危険の度合い」「損害・損失の可能性」といった答えが返ってきます。災害や交通事故のリスクから身を守る、というようにリスクとは通常、ネガティブな局面で使うためです。ですから最初の文章「業績回復リスクが高まり、日本株の値上がりリスクが心配だ」は日本語として意味が通らず、不可解な印象を与えるわけです。

さて、答えを明かすと投資や資産形成での世界では最初の一見不可解な使い方が正しく、後者のハイリスク・ハイリターンの説明は間違いとなります。

「ええっ!」と思うなかれ。だからこそ冒頭引き合いにだしたアンケート結果で正答率が5%にとどまるのです。司法試験予備試験など超難関国家試験並みの難しさですね(笑)

投資や資産形成で使うリスクとは、商品の価格やマーケットの数値のばらつきや分布を示します。それを引き起こす要因がリスク要因です。

といってもますます意味不明になりますね。意味の通る日本語に置き換えると変化・変動の大きさや先行きのわかりにくさという感じになります。さらに意訳すると「選択肢の増大」「シナリオの読みにくさ」となり、とどのつまり投資や運用では「判断ミスの可能性増大」というふうに解釈していきます。

予断を持てない状況では通常、投資マネーを運用商品から現金などの安全資産に退避させます。つまり、買いではなく売りで反応し、株安などにつながるわけです。この流れがリスク=損害・損失の可能性という日常的な使い方と似るので、定義を誤って解釈してしまうわけです。

「そうだとしても業績回復リスクや日本株の値上がりリスクという使い方は想定できない」と反論が返ってきそうです。たとえば、投資家が株式に100万円投じ、現金で900万円を持っていたとしましょう。業績回復によって株価が上昇する可能性が高いときに何の行動も起こさずに現金のまま寝かしておくとどうなるでしょう?

株高によるリターンを享受できません。利益を享受すべき機会をみすみす逃すという機会損失が発生し、事実上の「運用の失敗」になります。まさに業績回復リスクなのです。

また、インフレ下で投資をしない場合、見かけの元本は変わらなくても物価上昇を加味した実質元本は目減りしますから、いわば「見えざる損失」が発生します。この点でも現金を持つこと自体が資産減少のリスク要因になるといえるのです。

したがって、投信購入時に頻繁に使う「ハイリスク・ハイリターン」はリスク=損失・リターン=もうけ、ではありません。ブレや価格変動の大きい(ハイリスク)商品は利益・損失とも大きくなるという意味です。老婆心からの念押しになりますが、損失はリスクではなく、マイナスリターンといいます。

著者/ライター
田中 彰一
日本経済新聞社コンテンツプロデューサー兼日経CNBC解説委員。マーケット・企業取材歴35年と現役最古参。日経電子版の開発、ニュースレター連載、テレビ解説と「創る・書く・話す」の三刀流をこなす。CFP認定者、シニア・プライベートバンカー、宅建士。東証マネ部!の長寿コラム「日経記事でマネートレーニング」はデジタル小冊子に(無料ダウンロード可)
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